第08話 美少女スライム、最強でした①

 ――今、丁度夕日が地平線の彼方に沈んでいった。


 街の武具店で赤の少女は槍、青の少女は刀、緑の少女は弓とナイフといった具合に装備を揃えてから、俺達は次の街へ向かう馬車に乗っていた。


 ガタガタガタ……と台車の車輪が回る音と馬のひづめが鳴らす音を聞きながら馬車に揺られること数時間。


 ヒィイン、と御者が手綱を引くと共に馬が歩みを止める。


 それに連れて、後続の馬車も道の脇に避けて停車する形になった。


 御者が台車に乗る俺達を含めた客に向けて言う。


「夜明けまでここで止まります。夜の森は危険ですからね」


 ほら。こうなるから遅い時間帯の馬車に乗るのは嫌なんだ。こうして夜明けまで野営することになる。


 寝ようにも当然ベッドはなく硬い地面で寝ることになり、万が一モンスターが強襲してくるかもしれないため警戒もしておかなければならない。


 まぁ、文句を言っても仕方ないのだが。


 実際、夜の森はモンスターの活動が活発になって危険だしな。


「おのれっ、なぜここで止まるのだぁ~! 行く手を阻むモノなど、拙が全て切り捨ててやるのにぃ~!」


 野営の準備をするために台車を降りる途中、青の少女がそう言って不満げに頬を膨らませるので、俺は半目を向ける。


「スライムが何言ってんだよ。森にはスライムなんかじゃ太刀打ち出来ないモンスターがいっぱいいるんだ」


「笑止! 若は拙がそこらのモンスターに劣るとでもお思われか?」


「お前も元々そこらのモンスターだったろうに……」


「むむぅ~! そこまで言うのならば、是非とも拙の腕前を見せようではないか! さぁ、さぁ!」


「はいはい。もし野営中にモンスターが襲ってきたらなぁ~」


 まぁ、この辺は行き来の多い道のため、頻繁に冒険者がモンスターを駆除してくれているから、野営中にモンスターが襲ってくることなどほとんどないんだが。


「ご主人様。私達はあの辺りで休憩いたしましょう」


「そうだな」


「あ、若ぁ~! 拙を置いていくなぁ~!」


 既に松明の明かりの近くで腰を下ろしていた赤の少女のところに、台車を降りた俺と緑の少女、後を追うように青の少女が集まる。


 そして、皆で腰を下ろしたところで、赤の少女がちょっぴり不満気に口を開いた。


「……ねぇ」


「ん?」


「そろそろ、名前つけて欲しいんだけど。互いにどう呼べばいいのかわからないし……何かお前って呼ばれるの嫌」


 そんな赤の少女の言葉に、青と緑の少女もそれぞれ「そういえばまだであったな」「名前は必要ですねぇ」と同調する。


 俺も今になって初めて名前を付けていなかったことに気付く。


「確かに名前は絶対いるな。ただ、ネーミングセンスが問われるよなぁ……」


 俺はコツコツとこめかみを突いて考えながら、まずは赤の少女をじっと観察する。


 中背痩躯で、ツインテールにされた燃える炎のように赤い髪。そして、チャイナン風味が特徴の少女。


 肌は白く、硬く精緻に整った顔と言いやや吊り気味の瞳と言い、どこか勝気な気質を思わせる彼女の名は――――


「フウカ、ってのはどうだ?」


「フウカ? 何か意味でもあるの?」


「えっと、チャイナン帝国の文字で『楓火フウカ』。フウは秋に紅葉の美しい植物。は燃える炎を表す」


 ファイアスライムで赤がイメージカラーのお前にピッタリだろ? と俺が言うと、赤の少女――もとい、フウカは何度か与えられた名前を呟いてから、微笑んだ。


「ええ、気に入ったわ。ありがと」


「そっか。良かったよ」


 拒まれたらショックだったので、俺はホッと胸を撫でおろした。


「若! 拙も名前を賜りたく!」


「わかってる、わかってるって」


 興奮気味に俺の袖をぐいぐい引っ張ってくる青の少女を落ち着かせながら、俺は彼女の姿を観察する。


 背もフウカと大差なく線の細い身体付きをしており、ロングポニーテールにされた濃紺の髪が特徴の青の少女。


 楚々と整った顔はどこかあどけなさがあり、つぶらな瞳は深い青色。そんなやや童顔な顔と相反して恰好と口調はヤマトの武士そのもので、凛としたものも感じられる。


 そんな少女の名は――――


「ミズハ、でどうだろうか?」


「ほぅ、ミズハ! 良い響きであるな! して、どのような由来なのだろうか若?」


「水面に広がる波で『水波ミズハ』――ヤマトっ気が強いお前には風流でピッタリだと思ったし、ウォータースライムだから水関連の名前が良いと思ったんだ」


「なるほど。若はやはり博識なのだな! ミズハという名、ありがたく頂戴いたす!」


「うむ」


 俺もどこかヤマトの殿様になったような気分で偉そうに返事をし、最後に緑の少女に視線を向ける。


「名前を付けられるなんて、何だかドキドキしますね……」


「付ける方も結構緊張するんだからな、コレ……」


 お互い様ですね、と微笑む緑の少女は、やや癖のある淡い緑色の髪と、自ら生やしたという猫耳が特徴の少女である。


 やはり背は他の二人と同じくらいで、細身。にもかかわらず、決して本人達の前では言えないが、その女性的な特徴ともいえる胸の膨らみは一番大きかった。


 コホン……そんなことはさておき。


 肌は白くきめ細やかで、どこか儚さを感じられるその顔は非常に美しい。若干垂れ気味で眠たげな緑色の瞳は思い遣りと優しさの心が表れているようだ。


 そんな少女の名は――――


「エリン、かな?」


「ちなみに理由をお聞きしても?」


「えっと、子供の頃孤児院で読み聞かされた物語に出てくる風の精霊の少女の名前が、確か『エリン』だったんだよ」


「ふふっ。ご主人様が物語を楽しんでらしたなんて……何だか可愛いですね?」


「う、うるさいな。俺にだって幼少期っていうのがあったんだよ」


「ご主人様の幼少の頃のお話はまた今度聞かせて頂くとして、今は、この名前をご主人様からの初めての贈り物として謹んで頂戴しますね」


「そんなにかしこまらなくても良いんだが……まぁ、気に入ってもらえたなら良かった」


 勇者パーティーとして色んな場所を旅したおかげで身に付いた言語スキルが、まさか名付けで役に立つとは思ってもみなかったが……。


 兎にも角にも、こうして個性豊かな三人の美少女スライム達の名付けを終え、馬車が再出発する夜明けまで仮眠を取ることにした。


 その矢先――――


「も、モンスターだぁあああッ!! モンスターの群れが奇襲してきたぞぉおおおッ!!」


 そんな一人の客の声が、場の緊張を一気に高まらせた。


 ……どうやら、仮眠はお預けのようだ。

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