転機は案外早く訪れた。


 最後に森の中の小さな湖に辿り着いた。湖畔では幼い兄妹が水遊びをしていた。


 無邪気に遊んでいる様子から察するに、恐らく、人里が近いのだろう。


 同じ事を考えたであろうアスランが兄妹に近づいた。


「なぁ、お前達! 医者を呼んでくれないか? 怪我人が居るんだ」

「あ、いやだ……! こっち来るな……」


 男の子は一目散に逃げ出した。


「そうか。嫌か。なら、仕方ない。ララを見捨てる奴は、殺すしかないよな」


 一人取り残された幼い少女は、あまりの恐怖に失禁していた。


 助けを乞う瞳と目が合う。


『お願い』


 僕の脳裏に、あの声が響いた。


「……おい、何の真似だ」


 気が付いたら、僕は少女を背に庇っていた。


 ララと幼い少女が重なって見えたのだ。


 予想通り、アスランが思いっきり眉を潜めるが、僕は屈さずに答える。


「聞いて、アスラン! ララはもう死んだんだ。悲しいけど、前へ進もう! きっとララもそれを望んでるよ」

「死んだ? つまんねぇ冗談言うなよ……分かった。お前、人間じゃないから、そんな酷いことが言えるんだろ」

「は? アスラン、何……言って」

「どけっ!」


 アスランに突き飛ばされ、僕は女の子ごと地面に尻餅をついた。


「……知ってるんだ。お前は人間じゃないって。でも、そんなことはもうどうでもいい。早く、そいつを渡せ。でないと、お前ごと、撃つぞ」


 腕を伸ばし、照準を定める。無表情に僕らを見下ろす彼の目は本気だった。


「分かったよ、アスラン」


 僕は女の子からゆっくりと手を離した。


「そうだ。それでいっ……」


 満足気に頷いたアスランの言葉は最後まで続けられなかった。


 何故なら僕が銃ごとアスランの手を撃ったからだ。


「なん……で……」


 まさか反撃を食らうなんて思っていなかったのだろう。アスランは絶句していた。


「何でって……化け物を狩るんだろ? 僕たち、とっくに化け物なんだよ。人の命を奪う化け物」


「黙れ!!」


 僕の脳天に衝撃が走った。激高したアスランにナイフで刺されたのだ。


「黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ!」


 僕の身体は無数の穴が空いて、ぐらりと大きく傾いた。


「ははは、ははは! 俺たちの勝利だ!! やったぞ! ついに、人間は勝ったんだ! ハハハハハハ」


 アスランが歓喜の雄叫びを上げる。


 なのに。


(どうして泣くんだ君が。あんなに化け物を狩りたがってたじゃないか……)


 僕は、薄れゆく意識の中、壊れたように笑うアスランに手をのばそうとした。


 しかし、ぼやけた視界の端で千切れた腕が落ちるのが最後に見えただけだった。


 の意識はそこで終わった。


 アスランの指摘通り、ウィンクルムの腕は骨の代わりに黒い導線が張り巡らされ、脳だったものはぷすぷすと焼け焦げ、胃袋の中にはいつしかの魚がまるまるその身を腐らせていた。


「本当だ。俺たち同じだな。人の心を持ってしまった……化け物だ」


 少年の狂気染みた笑い声が止んだ後。銃声が二発、荒れた大地に響き渡った。


 以降、彼らの姿を見たものは誰も居なかった。

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化け物狩り 夜中真昼-よなかまひる- @mahiru07

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