最終章 化け物
1
やがて、歩き疲れて意識がショートする寸前、前方できらりとした何かが反射した。
水のせせらぐ音がする。僕たちは顔を見合わせた。
「川だ!!」
互いに最後の力を振り絞って川まで全力で駆けた。
待ち焦がれたものの全貌が見えた途端、足を止めた。
そこに先客が居たからだ。
先客は、水を飲もうとしていたらしく、頭を川に突っ込む形で死んでいた。
まだ死んでからは、そんなには経っていないらしい。
蠅が集った身体は少しだけ腐敗が進んでいた。
「なぁ、俺たちもこんな風に朽ちてくんかな……」
アスランが立ち尽くしたまま、珍しく弱音を零した。
その言葉にいつしかの記憶が重なった。
「……本当は、怖かったんだ」
「?」
どんな言葉を掛けるべきか迷えども、僕はただ気持ちを素直に吐露した。
「最初は外の世界を知りたいってうずうずしてた……けど、蒼白くなっていく父さんを見て、怖くなって逃げ出した。僕もこのまま誰にも知られず色を失っていくのかなって」
父さんの温度が消えたあの日。あんなに暖かかった地下室は一気に孤独で冷たい場所に変わった。
「外の世界は、父さんに教えてもらった景色と全然違って驚いたよ……でも、初めて君に出会った時、君とならどんな景色も受け入れられそうって思ったんだ」
ララをそっと地面に降ろしてから、アスランは尋ねた。
「どんな人だった? お前の親父さん」
「心配性だったよ。『地上は恐ろしい場所だ。お前一人じゃすぐ殺されてしまう』って」
「そりゃ、親父さんが正解だな」
アスランが笑った。
その笑顔はとても柔らかくて、妹思いの優しいアスランだった。
久しぶりに素顔のアスランに触れた気がした。
「ねぇ、アスラン。化け物……を今でも滅ぼしたいと思ってる?」
僕の問いに彼はきゅっと口元を引き締めた。
「…当たり前だ。奴らさえ現れなければ、父さんが仕事を奪われることはなかったし、戦争は怒らなかった。父さんと母さんも死ななかった!」
「……」
「奴らは人の心を持っていない化け物なんだ! でも、お前は……お前だけは、俺たちを裏切らないよな?」
何故か泣き出しそうな表情でアスランが尋ねた。
「それこそ、当たり前だよ」
僕はどうして彼が悲しそうなのか分からなかった。
「……魚だ! 魚がいるぞ! 捕まえて丸焼きにしよう!」
運良く僕らは魚を見つけてむしゃぶりついた。
極限に飢えた身体は、死体が浮かぶ川であろうとも、すっかりどうでも良くなっていた。
気が付けば僕は食べ物を口にしても、えずくような吐き気はなくなっていた。
人間は慣れに強い生き物だと、父さんが言っていたけど、本当かもしれない。
人を殺めること。死体の隣で食べること。すっかり慣れてしまった。
これが人間になるということなのだろうか。
そして、川辺で本音を語り合って以来、アスランは少しでも余裕があればジョークを口にするようになった。
「……お前、ちょっと口臭いぞ。歯磨いてるのか」
「! 君だって……」
(すごい臭いだ)
腐りかけたララを運んでいるのだから。まさしく、正気の沙汰じゃない。
普段なら僕も応戦する所だったが、さすがに今度ばかりは言いかけた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます