第三章 偽りの楽園

 僕たちは何とか山の中に洞窟を見つけて、そこへ避難した。


 雨が地肌を打ち付ける音はその日も一晩中続いた。


「来るな!!」


 僕はアスランの大声で目を覚ました。


「私は兵士じゃないよ! ほら、武器も持っていない」


 見ると、老爺が両手を前に出して何やら弁明していた。


「……何しにきた」

「その格好はカタリスか?……なんと、ここまで逃げてきたのか……子供達だけで」

「だから、何だ」

「よかったらおじさんの所に来なさい。温かい食べ物も寝床も分けてあげるから」

「嘘だ! 大人が俺たちのことなんか助けるわけない。ララ、ウィンク、騙されるな! これは罠だ」

「嘘じゃない。もし、私が君達を殺すつもりならとっくに殺しているはずだ」

「……だからといってあんたが俺たちを殺さないとは限らない。今すぐあんたが化け物じゃないってこと、証明しろ」

「化け物? ……ああ」


 老爺は果物ナイフを取り出して、手のひらを傷つけた。傷口からはつつつと真っ赤な血が流れた。


「どうだね? 血は青いように見えるかい?」

「いや。どろっどろに真っ赤だな」

「ははは、そりゃ年寄りだからね」


 老爺はカラカラと笑った。


「残念ながら、貧乏でね。君の言う化け物は飼っていないよ……犬なら飼っているけどね。君たちを見つけたのもこの子だ」


 老爺に頭を撫でられた狩猟犬が誇らしげに一鳴きする。


「アスラン、おじいさんの家に行ってみようよ! 悪い人じゃなさそうだよ」

「おや、君は……」

「こいつは、俺たちの仲間だ」

「ウィンクルムです」

「そうか、ウィンクルムか……」


 老爺は僕を物珍しいものを扱うかのように見た。


 僕はその視線に気付かず、アスランの方を顧みる。


「アスラン」

「けど……」

「でも、このままここに居たって、ララの身体は良くならないよ?」

「……っ。おい、じいさん! 変なことしたら殺すからな」


 アスランは渋々と言った様子で了承した。さすがにララの体調を思えば、背に腹は代えられないと判断したようだ。


 おじいさんは貧しい小屋だと言ったが、根無し草だった僕たちからすれば、彼の家は楽園エデンに等しかった。


 パンとジャガイモのスープにヤギのミルク。久しぶりの豪華な温かい食事を頂いた。


「好きなだけここに居なさい」


 おじいさんは甲斐甲斐しく僕たちの世話を焼いては、そう言ってくれた。


 アスランは、寝たきりのララの世話を僕たち以外にさせなかったけど、おじいさんは気にしていないみたいだった。


 でも、それも時間の問題で、いつかは打ち解けてくれるだろう。


 そんな風に僕が楽観的に考えていた時。


 とうとう、アスランがおじいさんを殺した。

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