8  道での遭遇

 さくあごをひょいっとぜてから、隼人はやとしきに戻る。朔がキョトンとした顔をしているところを見ると、きっと痛かったか何かしていたのが治ったんだ。だけど、隼人が『ピヨピヨ』と楽しそうにしているのを見て、ムッとしている。


 みちるがそんな朔をなぐさめようとすると余計プライドが傷付けられたらしく、満にまで『ガルルルッ』と怖い顔でうなった。まぁ、しばらく放っておこう。


 元気なのは隼人だけで、お気楽にソファーに座って、『コーヒー、コーヒー』と、僕に催促さいそくしている。いつの間に持って行ったのか、ローテーブルにもつだいに使った盆が運ばれていて、隼人の真ん前に置かれている。油断するとスモモは全部、隼人の胃袋に収まりそうだ。早くコーヒーをれないと、僕はまた食べそびれてしまう。


 コーヒーを持っていくと、隼人はお行儀よく座って待っていた。たっぷりの砂糖とミルクを入れたコーヒーを置いてやると、いつになくじっとカップを見詰める。


 そして、

「スモモ、ひとぉーつっ!」

と、声を張り上げた。


……はい?


「はい、バンちゃん、ご褒美」

と、スモモを僕に一つ手渡してくる。ニコニコ、ニコニコ、満足そうに笑んでいる。


 なんだい、メヅヌの真似がしたかったのかいっ!


 スモモはとっても甘く、ジューシーで、果汁がぽたぽた落ちそうなのをすするように食べた。満が、

「まるで、血を啜ってるように見えるよ、バンちゃん」

と言ったが、満だって似たようなもんだ。横を見ると、朔も果汁が落ちないよう、スモモの横をめたり、下を舐めたりしている。顎の調子はいいようだ。


 隼人だけは……メヅヌにもらったストローを挿して、ズーズー吸っている。でも、巧くいかないようだ。そりゃそうだ。


「バンちゃん! ストロー、詰まっちゃうじゃんかっ!」

僕に怒っても、ねぇ?


 仕方がないので、朔に言ってジューサーを借りる。どうせ隼人、ストローを使いたいだけだ。


 果肉をジューサーに落とし込んで、残った種を隼人がしゃぶっている間にジューサーを回す。できたプラムジュースをコップにそそいでやると、大喜びでストローを挿して、ズズーーーッと飲み干した。隼人、またも満足そうにニンマリ笑う。


 それにしても、なんでメヅヌ、ストローなんか持っていたんだろう? カラスかなんかの貢物かな? 物珍しくて貰ったはいいものの、使い道が判らなくて困っていたような気がする。あれやこれや検討するデヅヌとメヅヌを思い浮かべると、なんだか可笑しい。神様って、どいつもこいつも横暴で怒りっぽくて扱いにくい。だけどみんな、どことなく可愛い。


「美味かった、甘かった。んじゃ、ボクは少し昼寝するから。朔も疲れたろ? たまには一緒にお昼寝しようっ!」

「隼人ぉ、ミチルも一緒がいいっ!」

「うん、ミチルもおで。んじゃ、あとはバンちゃん、よろしくね」


って、僕だけ仲間外れかい?


 朔が向こうに布団を敷くよ、と言って、3人が奥の部屋に行ってしまう。仕方ないので僕はジューサーやら食器を仕舞い、やる事もないから掃除したり、夕方には戸締りして、それから、それから……いつの間にか僕もソファーで転寝うたたねしていた。


『バンちゃんってホンットに馬鹿だよね』

 夢の中で隼人が言う。そして僕の腕にしがみ付き、

『ずっと一緒に生きていこうね』

と、僕を見上げて微笑む。僕は戸惑いながらも、深い安心感と信頼を隼人に向ける。するとフワッと暖かい何かに包まれて……


 ガタン! バタバタバタ…… バシッ!


 けたたましい物音に飛び起きる。音のした方を見ると、開け放たれたふすまの前に隼人が仁王立におうだちしている。


「バンちゃん! なんでボクをひとりにするんだよっ!」


 え? え? え?


「目が覚めたらバンちゃんがいないんだもん。ボク、探したじゃないかっ! なんで一人で寝てるんだよっ!」


隼人、隼人が僕を置き去りにしたんだよ?


「バンちゃんは、寂しくってボクが死んでもいいの?」

大丈夫、それくらいじゃ死なないから……


 それでも僕は隼人を抱き寄せる。チビの隼人は僕の腕の中にすっぽり収まってしまう。


「隼人を置いてどこにもいかない。ここで起きるのを待ってたんだよ」

「……今、寝てたじゃん」

うは! そう来るか!


「もういい ―― それより美都麺みつめんに電話して。行くからねって。メヅヌに聞いた話をそうちゃんによ」


 美都麺は今日も盛況だったらしく、そろそろ麺が終わるところだ、と奏さんが言う。

「すぐ来いよ、ちょうど客の切れ目だ。店、閉めるわ」


 隼人に伝えると、ピヨピヨ大喜びだ。ラーメンラーメン、とニコニコ顔だ。さては空腹らしい。満が一緒に行きたがったが、尻尾や狼耳を人間ひとに見られる危険は犯せない。治ったら一緒に行こうと隼人になだめられる。


「ボクもミチルが一緒じゃないのは寂しいんだよ」

って、嬉しそうな顔で隼人が言う。ラーメンが楽しみで、どうしても顔に出てしまうらしい。サッサと満を宥めて美都麺に行きたいのが見え見えだ。笑いをみ殺した朔が満を抱き止めているうちに、隼人と僕はお屋敷をあとにした。


 朔たちの屋敷から、薄暗い路地を八王子駅前の繁華な地域に向かって歩く。例によって隼人は僕の腕にしがみ付いて、暗いね、真っ暗だね、美都麺はまだかな、と少しも黙っていない。


 繁華街の灯が見えてきたころ、隼人がハッと、前を見る。


「あ、カラスだ! 奥羽ちゃんかも知れない」


 こんな夜中に? って、隼人、急に僕から離れて走り出すな、その角は車がっ!


 キキキキキーーーーーッ! ガッシャン!


 出会いがしらに飛び出してきた人影に、慌てて車がブレーキを踏む。もちろん間に合わない。人影は軽く弾かれて宙を舞い、数メートル先にドスンと落ちた。


 ……


 ……


 隼人……? なぜ車にかれる? おまえ、神だろ?


 轟音に驚いた人々が周囲に集まり始める。

「救急車! けが人がいるぞ!」

「警察、警察!」


 隼人を轢いた車の運転手が降りてきて、力なくその場にへたり込む。


「隼人っ!」

隼人はぐったりと横たわっている。走り寄ってすがりついた僕に誰かが、

「知り合い? 今、救急車呼ぶからね、気をしっかり持って」

と、親切にもはげましてくれる。


 いや、それはまずい。救急車が来て病院に連れて行かれたら、隼人が人間じゃないとバレる。警察なんか来たら大騒ぎだ。


 誰かが僕の肩をつかんでしゃがみ込み、僕にそっと耳打ちをした。


(隼人を連れて店まで飛べ)

奏さんだ。


 僕が頷くと、奏さんは『救急車はまだか?』なんて言いながら、さり気なく遠ざかった。どのタイミングで僕は飛べばいい? 周囲は人だかりだ。


 隼人、お願い、死なないで……


「あっ!」

大声でそう言うと、僕は空を見上げた。周囲はつられて、つい上を見る。その時、僕は隼人を抱いて瞬間移動した。目指す美都麺はすぐそこ、2回飛べば辿り着く。


―― お願い、隼人、死なないで。僕をひとりにしないで……

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