8 道での遭遇
元気なのは隼人だけで、お気楽にソファーに座って、『コーヒー、コーヒー』と、僕に
コーヒーを持っていくと、隼人はお行儀よく座って待っていた。たっぷりの砂糖とミルクを入れたコーヒーを置いてやると、いつになくじっとカップを見詰める。
そして、
「スモモ、ひとぉーつっ!」
と、声を張り上げた。
……はい?
「はい、バンちゃん、ご褒美」
と、スモモを僕に一つ手渡してくる。ニコニコ、ニコニコ、満足そうに笑んでいる。
なんだい、メヅヌの真似がしたかったのかいっ!
スモモはとっても甘く、ジューシーで、果汁がぽたぽた落ちそうなのを
「まるで、血を啜ってるように見えるよ、バンちゃん」
と言ったが、満だって似たようなもんだ。横を見ると、朔も果汁が落ちないよう、スモモの横を
隼人だけは……メヅヌに
「バンちゃん! ストロー、詰まっちゃうじゃんかっ!」
僕に怒っても、ねぇ?
仕方がないので、朔に言ってジューサーを借りる。どうせ隼人、ストローを使いたいだけだ。
果肉をジューサーに落とし込んで、残った種を隼人がしゃぶっている間にジューサーを回す。できたプラムジュースをコップに
それにしても、なんでメヅヌ、ストローなんか持っていたんだろう? カラスかなんかの貢物かな? 物珍しくて貰ったはいいものの、使い道が判らなくて困っていたような気がする。あれやこれや検討するデヅヌとメヅヌを思い浮かべると、なんだか可笑しい。神様って、どいつもこいつも横暴で怒りっぽくて扱いにくい。だけどみんな、どことなく可愛い。
「美味かった、甘かった。んじゃ、ボクは少し昼寝するから。朔も疲れたろ? たまには一緒にお昼寝しようっ!」
「隼人ぉ、ミチルも一緒がいいっ!」
「うん、ミチルもお
って、僕だけ仲間外れかい?
朔が向こうに布団を敷くよ、と言って、3人が奥の部屋に行ってしまう。仕方ないので僕はジューサーやら食器を仕舞い、やる事もないから掃除したり、夕方には戸締りして、それから、それから……いつの間にか僕もソファーで
『バンちゃんってホンットに馬鹿だよね』
夢の中で隼人が言う。そして僕の腕にしがみ付き、
『ずっと一緒に生きていこうね』
と、僕を見上げて微笑む。僕は戸惑いながらも、深い安心感と信頼を隼人に向ける。するとフワッと暖かい何かに包まれて……
ガタン! バタバタバタ…… バシッ!
けたたましい物音に飛び起きる。音のした方を見ると、開け放たれた
「バンちゃん! なんでボクをひとりにするんだよっ!」
え? え? え?
「目が覚めたらバンちゃんがいないんだもん。ボク、探したじゃないかっ! なんで一人で寝てるんだよっ!」
隼人、隼人が僕を置き去りにしたんだよ?
「バンちゃんは、寂しくってボクが死んでもいいの?」
大丈夫、それくらいじゃ死なないから……
それでも僕は隼人を抱き寄せる。チビの隼人は僕の腕の中にすっぽり収まってしまう。
「隼人を置いてどこにもいかない。ここで起きるのを待ってたんだよ」
「……今、寝てたじゃん」
うは! そう来るか!
「もういい ―― それより
美都麺は今日も盛況だったらしく、そろそろ麺が終わるところだ、と奏さんが言う。
「すぐ来いよ、ちょうど客の切れ目だ。店、閉めるわ」
隼人に伝えると、ピヨピヨ大喜びだ。ラーメンラーメン、とニコニコ顔だ。さては空腹らしい。満が一緒に行きたがったが、尻尾や狼耳を
「ボクもミチルが一緒じゃないのは寂しいんだよ」
って、嬉しそうな顔で隼人が言う。ラーメンが楽しみで、どうしても顔に出てしまうらしい。サッサと満を宥めて美都麺に行きたいのが見え見えだ。笑いを
朔たちの屋敷から、薄暗い路地を八王子駅前の繁華な地域に向かって歩く。例によって隼人は僕の腕にしがみ付いて、暗いね、真っ暗だね、美都麺はまだかな、と少しも黙っていない。
繁華街の灯が見えてきたころ、隼人がハッと、前を見る。
「あ、カラスだ! 奥羽ちゃんかも知れない」
こんな夜中に? って、隼人、急に僕から離れて走り出すな、その角は車がっ!
キキキキキーーーーーッ! ガッシャン!
出会い
……
……
隼人……? なぜ車に
轟音に驚いた人々が周囲に集まり始める。
「救急車! けが人がいるぞ!」
「警察、警察!」
隼人を轢いた車の運転手が降りてきて、力なくその場にへたり込む。
「隼人っ!」
隼人はぐったりと横たわっている。走り寄って
「知り合い? 今、救急車呼ぶからね、気をしっかり持って」
と、親切にも
いや、それは
誰かが僕の肩を
(隼人を連れて店まで飛べ)
奏さんだ。
僕が頷くと、奏さんは『救急車はまだか?』なんて言いながら、さり気なく遠ざかった。どのタイミングで僕は飛べばいい? 周囲は人だかりだ。
隼人、お願い、死なないで……
「あっ!」
大声でそう言うと、僕は空を見上げた。周囲はつられて、つい上を見る。その時、僕は隼人を抱いて瞬間移動した。目指す美都麺はすぐそこ、2回飛べば辿り着く。
―― お願い、隼人、死なないで。僕をひとりにしないで……
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