7  失われた朔

 鬼の形相ぎょうそうと化したメヅヌ、どこから取り出したか小刀を逆手さかてに構える。そして人狼兄弟をぬめるように見詰め、じわりじわりと近寄っていく。


「どこから切ろうぞ? どこを切ろうぞ?」


「メヅヌちゃん、狼には耳も尻尾しっぽもあるものだよ」

 そう言ったのはもちろん隼人だ。


「で、切っちゃったら、もうえない。トカゲの尻尾しっぽじゃないんだから。医神なんだから、知ってるよね」


そんな事言っちゃっていいのかよ、隼人? この神たち、なんだかとっても怒りっぽいぞ。隼人の比じゃなさそうだぞ。


 メヅヌ、動きを止めて目を細め、じろりと隼人を見る。


「無礼者め! 狼の尾や耳をが本気で切ると思うたか」


左手に持ったさやに小刀を納める。そしてそのまま朔に近寄り、まじまじと見る。朔はおびえて座り込んでしまった満を後ろ手にかばっているが、やっぱり腰を地面につけてしまっている。


 その朔にメヅヌが手を伸ばし、あごを持ちあげる。


「口を大きく! はよけるがよかろ」

「あ……?」

「その耳は聞こえぬか? 聞こえぬなら不要じゃな、切るぞ! 切り捨てるぞ!」

「き、聞こえてますっ!」


 慌てて朔が口をあんぐり、大きく開ける。


 するとメヅヌ、その口をのぞき込む。


「口を閉じるでないぞ。閉じたらきばを引き抜くぞ。なんだったら、頭ごと抜いてもよかろ」


メヅヌ、本当にやりそうだし、出来そうなのが怖い。恐ろしい事を言っているのが童女の声なのが、よけいに恐ろしい。


「あぐっ! ぐぐぐっ!」


 見る見るうちにメヅヌの頭が朔の口の中に入り込んでいく。朔は目を白黒させてうめくだけだ。あっという間にメヅヌの頭がすっぽり、朔の口の中に肩口まで納まった。咽喉を超えて腹の中を見渡しているようだ。メヅヌ自身が内視鏡なのか? 満が朔の後ろから恐る恐るのぞきこむ。何が起きているのか、気になったのだろう。


 ピヨッ! と一声あげたのは隼人だ。隼人でさえもこの展開は予測していなかったようだ。


「すごい、朔……雛鳥ひなどり親鳥おやどりからえさもらってるみたいだ……」


隼人っ! そこか? 目をキラキラさせるなっ!


「朔の自我が崩壊しなきゃいいけど……」

そんなにのんびり、しかもついでに言うなよっ! 朔が失われてもいいのか?


「ぐっ! ぐっ! ぐぐっ!」


 朔のうめき声が、嘔吐おうとのような音に変わった。メヅヌの頭が口から出てきたのだ。


「フン!」


朔の頭を一叩ひとたたきし、メヅヌが鼻を鳴らす。


「ただの月魔力の不足じゃな。まぁ、近ごろ満月が欠けておるであろ。そのせいじゃろ」

「満月が欠けている?」


訊いたのは隼人だ。朔は顎が外れたのか、口を大きく開けたまま、しきりに自分の顎を押さえている。満は心配しているが、あたふたと朔を覗き込むばかりだ。


「前回の満月の時から、なにゆえか、月が欠けている」

「メヅヌよ、馬鹿なことをのたまうな。月とは満ち欠けするものぞ」


 もっともなことを言ったのはデヅヌだ。


「黙れ、愚か者っ! 満月でさえも欠けておるのじゃ。光が足りぬのじゃ!」


「ふぅーん、それで、月の光が足りないと人狼にどう影響するの?」

と聞いたのは隼人。するとメヅヌ、細めた目で隼人をにらむ。


「鳥ごときが吾に気安く問うておる。おそれ知らずな……デヅヌ、雷を落とすがよかろ」

「雷、ひとおぉつ!」


ピカッ! ガラガラガラッ!


隼人っ!


 まばたきするひまもなく、あたりが閃光に包まれる。同時にとどろく雷鳴に、思わず耳をふさぐ。


「へたっピー」


 僕の耳元で隼人が悪態あくたいをつく。隼人の視線、7メートル先で、メヅヌとデヅヌが振り返ってこちらを見る。雷が落ちる瞬間、僕は隼人を抱いて瞬間移動した。間一髪、僕と隼人は雷神・医神の後ろへ動き、落雷を回避した。さっきまで僕たちがいた場所は黒く焦げ、プスプスと煙が出ている。


 今度はちゃんと、自分の能力を活用できた。咄嗟とっさでもできるんだね、僕。


「ふむ……神の癖に回避しおった。どうせ神に落雷は効かぬ。わざわざ避難するとはご苦労なこと」


 ……隼人、そうだったの? でも、すぐ横にいた僕は、隼人を置いて逃げるなんて、とてもできない。


 メヅヌが前を向き、朔に向かってこう言った。


「満月を見れば狼に変化し、理性を失するのは辛かろ。だからと言って、月の光が放つ魔力まで受け取らねば支障をきたすであろ」


そして供物のリングを手に取って、しげしげと見る。


「純金に石は苦土橄欖石ペリドット……そうじゃな、褒美ほうびとしてはもう一声ひとこえと言ったところであろ ―― にちりんげつりんうらおもて。どちらが表でどちらが裏か。付き止められれば道も開くであろ」


 手にしたリングをメヅヌがデヅヌに渡す。するとデヅヌ、やっぱりしげしげと眺める。そして供物台に戻し、声を張り上げた。


「追加じゃ ―― 特別あまぁ~いすもも、4つぅ! ついでに長細筒ストロー1本っ!」


 供物台のリングをメヅヌが拾い上げ、どこから出したか巾着袋に放り込み、別の袋からスモモを4個とストローを取り出して、供物台の上に乗せた。赤く熟れてツヤツヤと、見るからに美味しそうなスモモだ。でも、なんでストローなんだろう?


「さてと、デヅヌ。オヅヌを呼ぶがよかろ」

「オヅヌ、退屈しているであろうな」

らは面白かったであろ」

「そうじゃの、こんな面白い事、滅多にあるものではない」

「ついでに、邪魔じゃましなを処分できてよかったであろ」

デヅヌとメヅヌ、見交わし合ってニンマリと笑う。


 ストローは邪魔だったのか!?


 デヅヌがメヅヌの腹に触れると、メヅヌの背がわずかに伸びた。


「ったく、いつまで待たせんだよっ!」

途端にメヅヌの顔つきが変わり、どうやらオヅヌが現れたようだ。


「行くぞ、オヅヌ。旋風かぜを呼べ」

「言われなくてもっ!」


 突風が吹いてきて、オヅヌを乗せて旋回する。


「では、ハヤブサの神。次に会うことあればらいあおうぞ」


にんまりと笑みを見せ、デヅヌは両足揃えてピョンと飛び上がる。するとオヅヌ、正座の姿勢になったデヅヌを風に乗せ、あっという間に消え去った。2人の袖がひらひらと舞い、遠ざかっていく。


「天女みたいだね……」

 満がのんびりつぶやいた。朔を見ると、しかめっ面で顎をでているが、もういてはいない。


「ま、部屋に入ってコーヒーでも飲もう。嵐は去ったみたいだし。せっかくだから、ご褒美のスモモも食べよう。ちょうど4個だ」


 そう言えば、いつの間にか空から消えていた。

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