第四幕:冬の終わり

第48話:誰も居ない教室

「ええと……その、それから、お母さんは?」


 ゆうべのことを。あらためて話しても、くらくらしてくる。それで少し黙っていると、鷹守が先を聞きたがった。

 まあたしかに私の子供っぽい駄々がどうなったか、気になるほうが普通なのだろう。


「どうもならなかったよ。話はそこでおしまい」

「えっ、どうして? お母さんだって、そこまで言ったら」

「うん、怒ってた。ほんと、真っ赤になって。全身、ぶるぶる震えて」


 十二月二十六日、月曜日。時刻は、もう少しで午前十時。冬休みの学校に、クリスマスの余韻など欠片もない。

 時々、どこか遠くの教室の笑い声が、廊下の彼方を滑り抜ける。

 演劇部の部室。絵を描く鷹守と居るのも、そうでなければ耐えられなかった。


「でも、お父さんが帰ってきて」

「ああ——」

「『咲、ちょっと』だってさ。私、一人でゴミ箱片付けて、そのまま布団に潜っちゃった」


 父は意外に冷静だった。声は完全に怒っていて、荒らげそうになることもあったけど。

 こちらはきちんと話す意志があるんですよ、と示しているのは私にも伝わった。


「そんな。だって高橋さん、ゴミに埋もれたみたいな格好だったんでしょ」

「うん、そう。だからちゃんと手は洗ったよ。あははっ」


 笑った。笑おうとしたわけでなく、自然と。

 鷹守は口をパクパクやって、筆も止めた。相変わらず、なにを描いているか分からないけど。


「だからそこでおしまいなんだよ。二人がどんな話をしたかも知らないしね。イヤホンして、動画見てたから」


 今朝、財布とスマホとをバッグに入れて家を出た。他には兄ちゃんの本が入れっぱなしなのと、ビニール袋で包んだ葉っぱの破片。


 彼に見せようと、慎重にビニール袋を取り出す。すると奥底へ、また別のビニールが見えた。

 ああ、御倉劇団の手拭いだ。


「これ。兄ちゃんからの手紙だよ」

「手紙なの?」

「うん。ポストのとこで、あんたに会ったでしょ。あの時に出したやつ。届いたらこうなってた」


 信じてくれようとくれまいと、構わない。黙っているのが苦しくて堪らなかった。


「今日、冬休みで良かったよ。なにを話しても、誰にも聞かれないから。いつもみたいに、みんないっぱいだったら、たぶん来れなかった」


 床に広げた紙の上。四つん這いだった鷹守が筆を置く。汚さないよう、ゆっくりと後退して、私の傍へやって来る。


「なんだか変な気分だね。誰も居ないのに、あんたと私だけ制服でさ」


 机に腰かけた私より、彼の目線は少し低い。返事のないまま、鷹守の手が私の両肩にかかる。

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