第40話:場違い
体育館の中は、盛況と言って良かった。
正面真ん中に三十人くらい、用意されたパイプイスでお年寄りばかりが楽しそうに見入っている。
その周りにも四、五人ずつ。各々で持参したらしい座布団で陣地を作る人たちも。紙コップ片手にお弁当やおでん、お菓子を摘む。
全部で六、七十人は入っていそうだ。
そんな中へ私は飛び込んだ。お菓子で膨れた白いレジ袋を騒がせて。
近くの人たちが、なにごとかと振り向いた。
そもそもみんな、賑やかに話している。紙コップの中はお酒のようで、ろれつの回らない声ほど大きい。
だけどこんな、あわてんぼうならぬ場違いのサンタは必要ない。
「すみません。すみません」
小声で謝りながら、何回も頭を下げた。
「いいんだよ、お姉ちゃん。クラッシックのコンサートじゃないんだから」
見知らぬおじさんが言って、辺りの人がどっと笑う。
面白い発言だったのか分からないけど、合わせて笑っておいた。
「す、すみませんでした」
そこへ残るのはいたたまれなく、人の少ないエリアに向かう。
すると見つけた。側面の出入り口。
木の壁にもたれ、人気のない理由はすぐに分かった。よく暖まった体育館の空気が、鉄製の扉が発する冷気に押されている。
まあいいや。私みたいな背の高いのが居たら、後ろの人は見えないし。
壁に張り付くようにして、途中からの劇に集中する。
「おうおう。清水次郎長、一の子分。森の石松たあ俺のことよ」
つるつる頭のおじさんは、森の石松という役らしい。いや練習でそれは知っていたのだけど、人間関係やお話の筋がさっぱり分からない。
昔の言葉遣いだからか、セリフも全然だ。
でもなにか揉めごとがあって、清水次郎長という人と仲間たちが解決するお話だった。
チャンバラをして、観客のおばあちゃんが黄色い声を上げる。「石松!」と呼ばれると、つるつる頭のおじさんも手を上げて答えた。
わけが分からない。声援はともかく、役者さんが台本にないことをするなんて。
普通はダメだと思うけど、ここではいいのかなと感じた。眉をひそめる人なんて、一人も居ないから。
楽しければ、きっとそれでいいのだ。
「あっ、鷹守」
全身真っ黒の衣装で、役者さんに道具を持たせる人が目に入った。顔にも覆いをしているけど、彼に間違いない。
七、八人が立ち回りをする中、邪魔にならないよう。もちろん必要なタイミングを外さないよう。
役者さんの動きにアドリブが多いせいで、練習通りの場面などない。
ああ、ほら。鷹守の描いた草むらが、倒れて壊れた。
それでも彼は静かに仕事を果たす。ただそこに吹く、自然の風みたいに。
「黒子!」
普通は応援しない相手へ、私はいつしか大声を発していた。
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