第13話:唐突な出来事

 もう今年も終わり。最後の週くらい、授業をなくせばいいのに。なんて声が、時に聞こえる月曜日。

 最後と言っても学校基準で、カレンダー上はまだ二週間が残っている。


 とは言え早く冬休みに入ってほしい、勉強なんかやってられない。という気持ちは分からなくもない。


 少し頑張れば大概の大学へ行ける。などと先生は気軽に言ってくれるが、私の普通の頭では維持するだけでも気が気でないのだ。

 たとえば時速五十キロで走り続けるのも、百キロ出せる車と五十キロが限界の車では意味が違う。


「後田ァ、ちょい来て。木曜の話」


 昼休み。後田さんがコンビニ袋を取り出すと、沢木口さんが呼んだ。本人曰く目立たない色というネイルで、招く手がキラキラ光る。


「あっ、そうだった。ごめんね高橋さん。私、今日はあっちで食べるね」

「う、うん。気にしないで」


 後田さんに拝まれて、断れない。彼女はもう一度「ごめんね」と、楽しそうに沢木口さんの席へ向かう。


 木曜日って、ああ。クラスでやるクリスマス会か。でも後田さんも行かないと言ったような。

 もちろん気が変わるくらいあるだろうし、欠席する私の言うことでもない。


 それより、手にしたお弁当が行き場をなくした。いや普通に自分の机で。あるいは食堂へ持っていって食べればいい。


 普通に一人で。

 教室を見渡しただけでも、一人で食べる姿はあった。でもその人たちは、普段から一人で食べている。


 私が一人で食べるのは、普通?

 バカバカしい、今日はたまたまだ。あいつ今日は一人だとか、みんないちいちチェックしてはいない。

 突発の出来事に弱い私だけど、落ち着いて考えれば普通の答えに辿り着ける。


 それはいいとして、どうしよう。後田さんという目的がないのに、食堂へ行くのも面倒だ。

 考えるうち、鷹守の御用聞きが始まった。


「今日はオレンジね」

「いいよ、他の人は? あれ、今日は後田さんも?」

「うん。私はね、イチゴミルク」


 いつものように沢木口さんたちが注文する中、後田さんもお使いを頼む。

 私と二人で食堂へ行くようになったのは、この光景が気まずいからだったような。


「へえ、甘いのが好きなんだね」

「ダメだった?」

「まさか、そんなことないよ。沢木口さんは頼まないなって思っただけ」


 鷹守が余計なことを言った。間髪入れず、沢木口さんの足が飛ぶ。短いスカートの中が丸見えなのも構わず。


「うるせえ」

「ごめんごめん。行ってくるね」


 回し蹴りはわざと外され、頭上を通り過ぎた。

 それでも鷹守は頭を抱え、大げさにしゃがんで避けた。そのまま声を上げて笑い、逃げるように教室を出ていく。


 沢木口さんも、いつものメンバーも。後田さんも。みんな、どっと笑った。「あいつ面白いな」と言う誰かの声に、それぞれ「ガチで」などとまた笑う。


 楽しいらしい。

 あのグループとは違う、他のクラスメイトを見ると、やっぱり笑っていた。苦笑なのかもしれないけど。


 私、普通じゃないのかな。

 鷹守の出ていった扉を眺め、落ち着いて考えようとした。でも今度は答えが出なくて、席を立った。

 お弁当も持って、食堂へ向かう。彼がお昼を食べるのは、いつも食堂と言っていた。それにジュースやパンを売っているのも。


 食堂は、体育館の隣に建つ武道場の一階。急ぎ足のつもりだったが、追いつけなかった。

 人気のパンを手に入れようと怒号の飛び交う集団から、するすると抜け出る鷹守を見つけた。


「もう買ったの?」

「うん。僕、背が低いからね。前に出るの、得意なんだよ」


 戦果のレジ袋を持ち上げて見せ、彼は得意げに笑む。でもすぐ、私の持つお弁当へ視線を落として聞いた。


「今日食堂で食べるの?」

「えっ。いつも来てるの、知ってるの」

「知ってるよ。いつもって言っても、先週くらいからだよね」


 よくご存知で。するといつもは後田さんと一緒なのもバレバレだ。


「ええと、その——こっちのほうが広々してるし」


 声を詰まらせながら、いかにもな答えしかできなかった。

 いかにも、嘘っぽい。


「そうだねえ。それなら僕、一緒に食べさせてもらおうかと思ったんだけど、邪魔になる?」


 鷹守はこれから買うらしい食券の自販機を指さして問う。いくら待っても、私の嘘へのツッコミはない。


「じ、邪魔なんてないよ」

「それなら良かったよ。悪いけど行ってくるね」

「うん、待ってる」


 さっと手を振り、彼は食券を買いに行った。

 それから料理を受け取るカウンターに走り、戻ってくるまで。私はぼんやりと突っ立ったままでいた。

 きっとかなり邪魔になっただろう。


「あっ、ごめんね! 席で待っててくれればと思ったんだけど」

「そ、そっか。そうだよね、普通はそうするよね。気づかなくてごめん」


 小さなハンバーグのランチを手に、彼は戻った。

 戻るなり笑って。でも申しわけなさそうに眉根を寄せ、謝った。


「高橋さんが謝ることなんてないよ。行こう」

「うん」


 小柄な男の子が、手近な席まで先導してくれる。私はその背を、不思議な心持ちで見つめた。


「鷹守って、怒らないよね」

「ええ? 怒る時は怒るよ」

「そうなの? 想像つかない」


 窓に近いテーブルで隣り合い、思い浮かんだままを尋ねた。

 唐突だったのに、彼はすらすら答える。なぜそんなことをと不快な素振りもない。


「うーん、そうだね。最近いつかって言われたら、自分でも覚えてないや」

「でしょ」

「あはは。ありがとう」


 ハンバーグを丁重に脇へ寄せる鷹守に、私は首を傾げる。「ありがとう?」と、お礼を言われる意味が分からなかった。


「怒らないって、褒められたんだと思ったよ。違った?」

「あ、いや、うん。そう、褒めた。褒めたよ」

「あはは。ありがとう」


 ケチャップだらけのパスタをおいしそうに食べる。

 彼の表情、言葉には嘘がないように思えた。私の嘘やごまかしに気づかないはずがないのに。


「そうだ。高橋さん、この後は忙しい?」


 戸惑う私に構わず、鷹守は食べるのも話すのも楽しそうだ。テーブルに備えられたポットから、私の分までお茶を淹れてくれもする。


「ううん。なにも」

「じゃあさ、手伝ってほしいことがあるんだけど。部活のことで」


 お茶が微妙にぬるいのは、彼のせいでない。おかげで渇いた喉を、ひと息に潤せて良かったけど。

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