操人形(あやつりにんぎょう)
神々すら
――
これに
失われた原初の言語から、躰苦と心苦をまとめて
太古から伝わる解読法に準ずれば、4✕9=36、8✕9=72、合わせて、36+72=108、と。
そして、108つとは、万物を支配する苦悩の力“
――とある古代の賢者の述懐より
※ ※ ※ ※ ※
俺は、――死に、生まれた。
物心がつく前の話。当然、伝え聞かされただけの事だが、俺は魂の抜け殻、単なる人の形をした肉塊として生まれてきた。
――
死人故、死を恐れぬ。
肉の器にしか過ぎなかった俺に注がれた魂が一体、
神なのか悪魔なのか、英雄なのか犯罪者なのか、名も無き凡夫か野を行く獣か、
弔われた時点で心も殺しているのだから
確かな事は、死霊・怨霊の
墓所の戒律にある者は、決して
死人であって屍人に
屍人ではないが魂を
弔い弔う事で他者の魂を
苦しみは全て俺が引き受ける。
――だから、もう、苦しまないでくれ……
――――――― 1 ―――――――
ほんの少し、思考が鈍る。
額に浮く
室温が高い、わたくしには。
気温も湿度も低めなこの地で、これ程不快な
多分、
許しなく入る者は誰もいない暗い部屋。
御爺様とわたくし、そして、
他人を含む三人きり。こんな事、今迄一度もなかった。
青年と呼ぶには幼さの残るその男は、頬についた返り血を指先で
「会うのは初めてだ。俺の
「――あなた、なにをおっしゃっているのかしら……」
短い挨拶一つから疑問が浮かぶ。
只、その挨拶だけでこの者の教養の程は知れる。口の聞き方を知らぬ未開の野良犬
「ラナよ。
「……御爺様。
「ジクウは余の
「!」
なんて大それた
どこの馬の骨とも分からない野蛮人を、形式上とは云え王族に列するとは大胆にも程がある。
わたくし達を快く思っていない者達にとって、この仕打ちは返って反感を生むのでは。それどころか、これを政争の具にしようという者が現れる可能性も否定できない。
それは兎も角――
「あなた、何故、わたくしが姫だと? 初対面でしょう」
「爺さんがあンたを
「それに?」
「姫さんの事なら
「!?」
どう云う事なの!?
鏡? 鏡に写った姿を見られていたの?
魔術? そんな魔術か何かがあるの!?
でも、どうして?
王城の対魔防衛措置は絶対の
まさか、
「ジクウには其方の事、
其方の全てを護衛する為の
無理があります、御爺様。
それとも、平民にとっては当たり前の事なのでしょうか?
「ジクウ! 生まれた儘の姿になれい」
「あいよっ」
服を脱ぎ、全裸になる。
急にどうしたというの、御爺様?
それに
臣下であったとしても一瞬考え、迷い、行動する迄に遅れが生じよう意味不明な
まるで調教済みの獣の
御爺様の絶大な権力の前では、
「ラナ。其方も服を脱ぎなさい」
「――えっ!?」
「聞こえなかったのか? 裸になりなさい、と申しておる」
「――――は、はぃ……」
――ど、どうして!?
こんな見ず知らずの未開の
言われるが儘、服を脱ぎさる。
「ラナ。ジクウを挑発してみよ」
「――ち、挑発……」
「そう、誘惑してみよ。
「……はい」
どうすれば良いのか分からない。
分からないけれど、
肉親や身近な
せめてもの救いは、恥辱に顔を赤らめた表情が蠟燭の灯す暖色に
このような
鼓動が早い。顔が熱い。顔だけではなく、躰全体が、体の芯から熱く
何かおかしい。感情が制御出来ない。混乱している。嫌々しているこんな姿。だと云うのに違和感が薄れ、一心不乱。
わたくしの
なんて、
こんな事を命じた御爺様が? 目の前で
笑いたければ、お笑い遊ばせ。
――わたくし、
「ラナ。ジクウを見よ!」
「!? ……はい――」
筋骨隆々な闘士や騎士、下男、奴隷らを数多く見た事がある為、体格的には見劣り、一見細く見えるが筋肉質。神経質に鍛え上げられた躰と云うより、下民の肉体労働で
下世話な殺し屋稼業故なのか、痛々しく
特に感慨もなく、別段驚きもない。
御爺様は一体、
「気付いておらんようだな、ラナ。よく見るのだ」
「はい――……特に変わった様子は御座いませんわ」
「――であろう。それがジクウだ!」
「?」
「ジクウの“
「……ハッ!?」
そう云う事だったの!
彼の性器が反応していない。つまり、本能への抑圧、或いは、生理現象への命令。乃ち、理性への介入。
何等かの術が、力が、作用が彼を捕らえている、そう解釈出来る。
「ジクウは其方に対して、決して
余の
「秘伝承?」
「この世界に、いや、宇宙に、たった
「はい――」
わたくしの知らない何かが、わたくしの周りを覆っている。覆い尽くしている。
権力や地位、立場といった人群れの織り成す社会構造だけではない、もっと深い何か、別の何か。
そして、その何かは分からないけれど、わたくしの周りだけではなく、わたくしの
間違いなく、わたくしは
「踊れい、二人とも!」
「えっ!?」
「あいよ」
「勝利の舞だ。
薄っ暗い室内、老王の前、二人の若い男女が全裸で踊る。
当たり前ですわ。
こんなこと、
頭の中を真っ白にし、放心の
わたくしは只、御爺様の命を聞くだけ。
そう、わたくしも
ジクウ――
一体、彼は何を考えているのでしょう?
ふと、覗く。
その視線に光は無い。
生まれも立場も境遇も、何もかもが違う二人の人形。
だと云うのに、何故か二人の眼差しは、奇妙な近似を
――わたくしに女王宣下が
振り返らざる逃亡者は最凶の名の下に 武論斗 @marianoel
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