生人形(いきにんぎょう)
馬車にでも
もう助かるまい。誰の目から見ても明らか。
手当も薬も治癒の術も、死に行く仔犬の運命を変える事は出来まい。
……
――とあるゴア・ゴッグ・ゴーマの信徒の手記より
※ ※ ※ ※ ※
何故、俺は“
答えは
死の前には必ず
誕生があってこそ
創造と破壊もこれに同じ。
だが、共に
だからこそ、俺は死を意識する。
死ぬ為に生きているのだから。
生とは死ぬる為に必要であり、死とは終焉を迎える上での
お前の命を貰うのは、お前に先を譲るだけ。答え探しの苦悩は、取り敢えず俺が背負うとしよう。
ああ、無論、俺も追いつくさ。
先に
終焉の先にこそ、答えが待っている。
――――――― 0 ―――――――
その中央にある“始まりの
この
老王ダンクーガと孫娘ラナの二人がお忍びで泉に訪れたのは年明けの穏やかな晴れた日のこと。
それ程に珍しく、特別なのだ。
束の間、老王の普段からの厳しい
その優しげな顔、唯一の肉親であるラナでさえ、ここ何年も見た事がない。小さい頃にはよく見た記憶がある。勿論、それさえ二人っきりの時に限られはするが。
御爺様の苦悩は理解している、その
それでも、及びもつかない大変な苦労を背負っている
多分、わたくしにも関係ある事。
その全ての理由を知る事等、わたくしには到底分からないけれども。
――沈黙。
それが破られたのは、老王の眉間の深い險がいつも通り表れた直後。
「ラナよ――間もなく、間もなくだ。
「――……」
「
今から少しだけ語る
「――はい、御爺様……」
―――――
わたくしの両親は物心がつく前に亡くなっている。
両親の父と母も若くして亡くなり、その
血縁としての御爺様とわたくしの関係は
公的な
一つは、グリザンドラ王家の血筋は代々女系。女子でならなくては王位を継げないという訳ではないし、そんな
その為、家長となる女子の夫が先王の養子となり、王位を継ぐ事が歴史的に多く続き、御爺様も例に漏れず婿養子。
グリザンドラ王家は女王
これには複雑な事情がある。連合王国の統率者たる“諸王の王”に女王が選ばれ就いた事はその長い国史の間、一人しかいない。それが
その
連合王国史上、最長在位の“諸王の王”として君臨する御爺様が
もう一つが、王太子礼を執り行った正統な世継ぎが次々と亡くなった為。
曾祖父も祖父も、そして、父さえも王太子になった後、亡くなっている。
この凶事が続いた結果、御爺様にとって宿命めいた因果を意識せざるを得ず、親娘として立太女礼を執り行う事態を避けている。
恐らく、こちらの理由の方が大きいのだろう。
少なくとも、わたくしには
「其方の父と母が亡くなった後、余は喪に服すと称し、
それを機に、余は遠くイ’ズールの北シャンダーファーリィ高地を越え、野蛮な馬賊と混じった一神教徒が交易する
「……」
一体、何を?
御爺様はわたくしに何をお伝えなされる気?
―――――
余の目当ては、――奴隷市場。
並の奴隷市など、我が国の街々で開かれておる。併し、余の求める奴隷は、厳格な法整備下の許可制による奴隷取引では決してない。
余の欲した奴隷、それは――
「“
「!? 生人形? ……何ですの、それは?」
王国広しと云えど、生人形の入手は我が国では不可能。抑々、生人形の存在そのものが伝説の域を出ない。事実、己自身の目で見、触れる迄、疑念を抱いておった。
生人形とは――
「空っぽの人間」
「からっぽ?」
そう、空っぽ、それが生人形。
生きる為に必要な血肉や四肢、臓腑他、人としての器官全てを持ち合わせ、生物としては何一つ欠損なく、他の者と
違いがあるとすればそれは……
――
魂の存在しないそのような
名工であれば創作物にさえ魂を与え、長らく珍重された
魂を持ち合わせない
極々稀に生人形と
「その子は、生まれ出でて二年の歳月を迎えていた」
「数えで三つ、二歳児と云う事ですね?」
「そのように聞いた。丁度、其方がそのくらいであったので、
「――……」
魂の無い
だと云うのに、その子は生き続けていたのだ、二年もの間。
桁違い!
その子の生命力は桁違いなのだ。
気に入った。
その子に、
余が幼少の折、夢で見た
その書に記されていた印象的な謎の文字列、
意味迄は分からないが
それをその子に与えたのだ。
「其方の為に」
「――わたくしの……」
大陸において特定の土地に根差した国家や組織を除き、最も謎めいた流浪集団と云えば、半ば伝説化、いや、神格化されている殺人カルト“ゴア・ゴッグ・ゴーマ”。
人種や民族はおろか種族さえ問わず、如何なる文化、風俗、宗派をも問わず、絶対的な畏怖を伴う
どれ程調べようと、どれ程探ろうと、絶大な権力を有する余ですら、その実態の一部さえも微塵も把握する事の出来ぬ闇。
そんな
万王都に訪れたイ’ズール神秘主義を語る坊主から暗殺教団の首長“
奴等は、
我が国の天文学では蝕の出現を暦上知る事が出来ず、不確定な予言に頼るのみとなる為、イ’ズールの天文学者を呼び寄せ、事態に備えた。
偶然が偶然を呼び、喪に服す頃合と蝕の発現は合致。
バウヴァーウへ旅立ち、闇市で生人形ジクウを競り落とし、暗殺教団に譲ったのだ。
そして
「其方を護りに」
「――わたくしを……」
―――――
御爺様の語り口、妙に熱を帯びている。
大衆や臣下に向けて弁舌を振るわれる際に見せる演技とは
もしかして、酔われている?
酔い
――寒い。
御爺様の熱意が、執念にも似た底知れぬその熱気は、わたくしの心から温もりを奪い奪い燃えているかの
疾うに壊れていた筈のわたくしの心は、まだ、失われてはいなかったのだわ。
だからこそ、震える。
その
凍ることのない泉の畔、わたくしは先の見えない運命と云う名の漠然とした焦燥感の中、独り凍えていた。
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