その勘違い、本当にしちゃおっか
そんな平和な日々が続いたある日のことだ。
朝登校したら、珍しく僕の机の周りに人が群がっていた。
席に座ろうとすると、その人だかりが騒ぎ始める。
「
その中の一人、小学校時代にそこそこ仲の良かった奴が尋ねてきた。
「何だよ、それ……」
どっからの情報だ?
そのとき、人だかりをかき分けて
「悪い、俺だわ」
「ちょっと表に出ろ」
達也の襟首をつかみ、廊下に引きずっていく。
「気が済むまで殴られるのと縁切られるの、どっちがいい?」
「あ、どっちかと言えば殴られるのがいいかな~~……って、暴力で解決するのは良くないと思うぜ……?」
懸命に話を逸らそうとする達也を無視し、俺は口を開いた。
「言うなって言ったよな? っていうか、付き合ってないから」
「言うなとは言われてない」
はて、と達也に好きな人がバレたときの自らの言動を振り返る。
「うん、確かに言ってはなかった。それは撤回してやる、だが人の好きな人はバラすものじゃないだろう?」
「本当に悪い、しかし俺の言い分も聞いてくれ」
ほう、この期に及んで言い訳をするというのか。
「浜辺さんと三人で勉強したことあっただろ、そこを見られてたんだよ」
「あんなに学校から離れた図書館を使ってるのにか?」
「家がそっち方面にあるのかもしれないだろ。そこは置いといて、そいつに聞かれたんだよ、『前にも翔と〝孤高のクイーン〟が二人で勉強している現場に居合わせたことがあるんだが、あの二人は付き合ってたりするのか』と」
ああ、展開は読めた。
「どうせ嘘がつけないタイプのお前は微妙な返事をして勘違いされたんだろ」
「本ッ当に申し訳ございませんでした!」
「わかった、許してやる」
僕が達也の襟首を離すと、達也はガンッと剣呑な音を立てて頭から床に突っ込んだ。
「いや、怒ってるよね!?」
ぶつけた頭を押さえ、達也が叫ぶ。
「怒ってないとでも思ってたのか?」
「滅相もありませんッ」
僕は達也を軽く一睨みすると、教室に戻り机の周りの人垣に向かって言った。
「お前らもさぁ、そんな噂レベルの情報に群がることもないだろ」
「え、でもでもっ。気になるじゃん、やっぱり天才少年・翔君の浮いた話なんてさぁ」
「天才はやめてくれ」
とりあえずそこは否定しておく。
「実際のところどうなんだよ?」
一番最初に話しかけてきた奴が単刀直入に聞いてくる。
「あ—――……」
「そういうどっちにもとれる微妙な反応はズルいと思うぞ?」
あわよくば誤魔化そうと思っていたが、この分では無理そうだ。
「お前たちの想像にお任せする」
おぉ—――……と人垣がどよめく。
「理解したんだったらほら、散った散った」
シッシッ、と手を動かして人だかりを散らした。
「面倒くせぇ……」
「おはよ」
「—――っ!?」
耳元でそう呟いてきたのは、先程まで話題に上っていた浜辺だった。
「お、おはよう」
と、上ずった声で返すのが精いっぱいだったが、浜辺は満足そうに微笑んだ。
「なんか騒がしかったようだけど、どーしたの」
「い……や、ちょっと揉めてただけ」
「ふーん……」
その答えがどのような気持ちによるものか、無表情の浜辺の顔からは読み取れなかった。
「ねえ、翔君。私に何か、隠してることない?」
その日の放課後。僕は、浜辺の過去最高レベルの笑顔で問い詰められていた。
「今言ってくれたら許せるかもしれないんだけどなぁ」
もちろん心当たりはある。今朝のことだ。
ヤバ、「ご想像にお任せします」なんて言ったから、余計にうわさが広がったのかも……。
しかし、今言えば許せる、なんて言われても言えることではない。
「ねっ。ほら、言っちゃおうよ」
「無理」
笑顔でもなぜだか迫力のある浜辺の顔を見るとポロッと言ってしまいそうだから、スス……と顔を逸らした。
「それなら仕方ないなぁ」
諦めてくれたようだ。ホッ……。
「翔君が言ってくれないなら、私から言っちゃおう」
浜辺はうん、と一人頷き、口を開いた。
なんだか納得してるようだが、僕は別に納得してないぞ?
「翔君と私が付き合ってるという噂は何で流れてるのかなぁ?」
さっきまでの心の中でついていた悪態など宇宙の彼方に吹っ飛んだ。
「……」
「翔君が流したの?」
「……」
浜辺が今までにないって程に可憐な微笑みを浮かべて言う。
「答えろ」
「僕ではない……です」
「誰だ」
「達也……とその友達」
「そう……」
浜辺の瞳が、少し憂いを含んだものに変わる。
「でも翔君も誤解されるようなこと言ったよね?」
「—――ッ」
何で知ってんだよ!
「別のクラスの女子たちがお手洗いで騒いでた」
マジか、別のクラスまで噂が届いているのか……。というより、意味深なこと言うんじゃなかった……。
「ほんっと女子ってトイレで群れてるよな」
「それ、はっきり言ってセクハラだからね?」
はいっ、スミマセンッ。
「話、戻すけど。わざわざ意味深なこと言う必要なくない? それに、〝ご想像にお任せします〟なんて、付き合ってますって言ってるようなもんだから」
「……」
「翔君がそういうこと言う影響、わかってんの?……あんなにモテるのに」
「ん?」
最後がごにょごにょしていて聞き取れなかったので聞き返すと、浜辺はプイッと顔を背けた。
「何でもないっ」
「それで、それ以外にも僕に何か用があるんじゃないのか?」
浜辺が文句を言うためだけに僕を呼び出したとは思えない。
「ん、まぁ。そうね」
ん—――……、と口元に手を当て、難しい顔で考えている様子の浜辺。
「じゃあ今までのことを整理します。城崎君とその友達が私たちのことを深い仲だと勘違いした。そうして問い詰められた翔君は無駄に意味深なことを言った。そしたら噂が広がって、もっと広い範囲の人たちに勘違いされる事態に陥った、と。そこで提案があります」
そこまでを一気に言い一息ついた浜辺は、リンゴって赤いよね、と言うのと同じくらい当たり前のようにその言葉をサラッと口に出した。
「その勘違い、本当にしちゃおっか」
「……はい?」
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