嘘のような本当の話

 「その勘違い、本当にしちゃおっか」

 「はぁ?」


 あまりにぶっ飛んだ話が出てきたもんだから、思わず気の抜けた声を出してしまった。


 「どういうことだよ」

 「どうもこうもないわよ。……だからぁ、今流れてる噂、いっそ本当のことにしちゃわない? って言ってんの」


 いつもさばさばと物を言う浜辺はまべにしては珍しく、ちょっと投げやりな言い方だ。


 「ちょっと待てよ、もう少し直球で言ってくれないか」


 そうでもないと、浜辺が僕に、付き合わないか、と言っていることになる。

 これが僕の自意識過剰かどうかは、浜辺がきちんと言ってくれないとわからない。


 「そこまで私に言わせるつもり!?……わかった、もう私も腹をくくって言ってることだから直球で言ってあげる、今流れてる〝浜辺はまべ瑠麻るま西野にしのかけるは付き合ってる〟っていう噂を、本当にそうだったことにしちゃわない? って言ってるんです!」


 浜辺は、これでどうだ! とばかりに立ち上がり、机をバンッと叩きつけた。

 顔は真っ赤で、さっきの言葉を一息に言ったからか息も上がっている。


 「わか……った」


 返事はこれでいいのか僕!?


 「じゃあ決まり。今日は帰る」

 「あ、ああ」 


 (おそらく)告白の後らしからぬドスのきいた声に、僕は一も二もなく従った。

 タタッと図書室を出ていく浜辺を見送ると、机に突っ伏した。


 (〝じゃあ決まり〟って何だよ、それなら僕たちは付き合ってるということでいいのか……?)





 私は図書室を出ると、人気のない階段へ向かい、座り込んだ。


 「は―――……、緊張したぁ……」


 熱くなった頬を壁に押し付けて冷ます。

 ひんやりしていて気持ちがよかった。


 (もう、翔君ったら本当に鈍感なんだから……)





 「おはよ」


 耳元でささやかれる挨拶にももう慣れた。

 ……いや、慣れるのもちょっとどうかとも思うが。


 「どうせ浜辺だろ。おはよう」

 「あーあっ。毎日この挨拶してると、翔君が慣れてきちゃうかぁ」


 昨日のことなどまるでなかったかのようにさらりと流し、自席に着く浜辺。

 こちらとしては詳しく聞きたいこともあるのだが、ここまでいつも通りだと本当に付き合いましょう、はいそうしましょう、という段階をちゃんと踏んだのかどうかがわからない。

 どうやったら自然に訊けるものかと頭を悩ませていると……。


 「あの……西野君」

 「はい?」


 会話もしたことのないようなクラスメイト、六、七人の女子の集団が話しかけてきた。

 その中で、最初に僕の名を呼んだ女子が周りの女子にうながされて一歩前に出た。


 「えっと、突然話しかけちゃって申し訳ないんだけど、あっ、その前に私、如月きさらぎ陽奈乃ひなのって言います」


 〝あっ〟とか、〝えっと〟とか言うたびに肩を縮こまらせているところが、リスの姿を脳裏によぎらせる子だ。

 経験上、女子が集団で大して仲良くもない男子のところに押しかける場合、大抵こちらにとって良い結果にはならない。

 だから、少しだけ嫌な予感がした。


 「……何の用かな」

 「ちょっと質問があるの」


 質問、ねえ。

 最近、浜辺とのことで質問されまくったから、質問があると言われれば身構えてしまう。


 「西野君って……彼女、いるのかなって」

 「……質問って、それ?」


 如月と名乗ったその子は、恥ずかしそうにこくんと頷いた。


 「あ、あのねっ、変な意味じゃなくて……。単に最近、浜辺さんのことですごく噂になってたから、ちょっと気になっただけで」


 わたわたと焦ったように手を振る如月さん。

 それはそうかもしれない。如月さんからしたら本当に〝ちょっと気になっただけ〟なのだろう。

 しかしタイミングが悪すぎる。

 昨日の今日でそんなことを聞かれても……。

 しかもあれが告白だったのかどうか、そして、あれが告白だったとしても僕と浜辺が付き合っているのかどうかはちょっと自分でもよくわからない。

 

 「―――……」


 口を開いたが、声を発する寸前で閉じた。

 ちらりと前の席をうかがう。

 浜辺は文庫本を開いているが、そのページをめくる手が止まっている。

 ―――さては聞いてるな?


 そう意識してしまったら、余計にどういう返事をしたらいいかわからなくなってきた。


 「えっと……」


 頬をかきながら如月さんから、そして浜辺からも視線を外した。

 如月さんは恥ずかしそうにうつむいている。

 僕の視線も下へ落ちていく。

 

 ―――パタン。


 浜辺が文庫本を閉じて席を立った。

 そのままツカツカとこちらに寄ってくる。

 そして僕の隣に立つと、腰に片方の手を当てて啖呵たんかを切った。


 「さっきから丸聞こえなのよ、そっちの会話。落ち着いて読書もできないじゃない」


 心なしか、如月さんをはじめとする女子の集団が一歩退いたように見えた。


 「そしてさっきから私達のことが気になっているようだけど、この際はっきり言っておく。その噂、本当のことだと思っていいよ」


 きゃあッ、と女子の黄色い声が上がった。

 どうやら僕に詰め寄っていた女子達ではなく、別の女子生徒のようだ。

 そりゃあそうだろう、浜辺の声は教室中に響き渡るようなボリュームだったんだから。


 「本当、なの……?」


 如月さんがおずおずと尋ねる。

 慌てて赤くなった頬を隠すために片手で口元を覆う。

 まあ、ここまできっぱりと断言されちゃあ仕方がない。


 「まあ、そういうことみたい」


 そっか、と小さく呟くと、如月さんは顔を上げた。


 「ごめんね、こんなに大きな騒ぎにしちゃって。お幸せに」


 そう言うと、後ろの女子達をおいて席に戻る。

 その背中がなぜだかとても小さく見えて、何か言おうとしたのだが、言葉が出てこなかった。

 隣では、浜辺がクラスメイトからの質問攻めをうるさそうにかわしていた。

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