第30話 地獄の季節


 しかも、簡単には読めないような硬派な教養書というのか、それに近いジャンルの本が星空の宝箱のように並んでいる。


 教科書で見かけた、メジャーな作家の本や寡聞にして知らないような作家の本、上の本棚にはガロ系の漫画も置いてあった。


 ガロ系の漫画もいわゆる多く世の中で多く流通しているような定番の漫画ではなく、昔ながらの古風なニッチな漫画だった。本棚をじっくり観察していると長友先生がある本を取り出した。


「この本はいいかも。先生はこれが好きだったな」


 茶色の背表紙の本の中から一冊の割と薄い岩波文庫の本を手に取って、その題名と表紙を僕は確認した。『地獄の季節』という、書名から鑑みて、外国の詩人の本だろうか。


 かなり薄い本だったけれども、これなら数少ない、お小遣いでも買えるかもしれない、と思い財布を手に取った。


 値段は五百円もなかった。


 


 僕はその文庫本を狭い店内で立ち読みした。


 パラパラとめくって、すぐに自分の感性に合っていると直感的に閃いた。


 何だか、難しそうだったけれど、難解な日本刀の切っ先のような文体と深山の青い清流のようにさらさらと憩う、流麗な韻文に惹かれて、すぐさま、欲しくなった。


 たった一冊しか買えないけれど、その本を持参してレジに足を運ぶと保護者のような風貌の長友先生が財布を取り出した。


「いいかね。これは内緒だよ。奢ってあげる。でも、ほかの先生には言わぬよう。そして、本も隠しておくように」


 小声でボソボソと言い出すから、ちょっとおかしかった。


 大型書店にも滅多には行けないから好きだ、と思える本に奇遇にも出会えるなんて本当に嬉しい。


 先生も生徒の読解力を向上させる一貫で奢るとはなかなか、洒落ている。


 ばれたらどうするのか、本当はいけないのに。


 レジで無愛想な銀髪がトレードマークのおじさんがブックカバーをかけて、そのまま、店を後にした。


 


 二月尽、詩集を鞄に隠して四条通のアケード街に行くと、たくさんのお土産を手にぶら提げた君が手招きしながら待っていた。


 清羅さんがさっきのおじさんみたいに無愛想に家族用のお土産を抱えながら、疲れきった顔をしていたから何かおかしかった。


 僕は駆け足でみんなのもとへ向かった。


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