第29話 蔵書の大海


 一見すると本屋を営んでいる店舗がなさそうな風合いの、そのまま、通り過ぎて気付かないような一角にその書房はこっそりと開店してあった。


 確かに店内は昔ながらの八百屋ほどで小さい。


 下手すると本屋なんて謎かけじゃないか、と勘繰ってしまうほどに店舗はミニチュアサイズだ。


 


 入店する前に門扉の硝子戸の向こう岸から、書店の奥で眼鏡をかけたおじさんがレジ打ちの休憩中に数冊の本を整理していた。


 硝子戸から見え隠れした店内も読書家の知識欲を大いに刺激するような、希少本のワンダーランドに僕は顔を高揚しながら驚き入れた。


 長年の歴史がありそうな店装に、宮崎ではあまり見かけないような文庫本が、無制限に見えるまでブックタワーのように陳列されてあった。


 僕が食い入るように蔵書の大海を見惚れていると、長友先生が気さくに笑った。



「やっぱり辰一君は本が好きなんだね」


 格調高い、印刷紙のインクの匂いが薫る店内に声量が籠らないように小さい声で長友先生はおっしゃった。


 初めて、こんなに自分が読みたいジャンルの本がある、書店を新たに発見したような気がした。


 


 ああ、全国の中には僕と同じような趣味の人がいるんだな、と安心感で武者震いすると何だか、頼もしくなった。


 北側にはこんなにわか読書家の僕でも知っている、岩波文庫やちくま文庫、講談社学術文庫を始めとする、硬派な文庫本や文学全集が隙間なく並び、僕が今まで未読のマニアックな出版社の文庫本も律儀に並んでいる。


 

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