第22話 月岡芳年、無惨絵


 寒気がツンと感じる木枯らしが吹き荒れる夕間暮れ、明日はいよいよ銀鏡神社大祭が行われる日だった。


 小型のナイフは多くの猪を解体したせいか、錆が入っていた。


 


 冷淡に光る白銀の切っ先は天津神に捧げられたように神々しかった。


 僕はあってはならない情念を掻き乱すように抱いた。


 


 これであの人の熟成した白桃のような乳房や青筋の通った首筋に、ハイビスカスのインクを垂らせるかもしれない、と卑屈に笑む。


 血まみれの、幕末から明治にかけて暗躍した、月岡法年が描く無残絵のように強情な欲望も、つっけんどんの傲岸な態度も修羅場に誘ったあの人にはない。


 


 僕が綺麗にルージュを塗って、乱れた黒髪を手櫛でといて、窪んだ頬に白粉を塗って死化粧をしてあげる。


 彼岸花の艶やかな妖美を思い浮かべると、あの人を邪悪なまでに綺麗にしてやりたい、と忌々しくも口を尖らせた。


 不健康なまでの愛らしい彼岸花の根っこを抱きよせたい。


 根っこは鬱金草の球根で、赤々しい薔薇の根っこでもあるんだ。


 


 これで禍々しい彼岸花の息の根を切ってあげられるから。


 緑青の錆が入っていたとしても刀身の光琳は神々しかった。


 透明なきらめきを残したい、僕はその血の赤さで変にくらくらしながら、夕闇迫る、紅葉狩り全盛期の入相の長い一日を持て余していた。



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