第12話 辺境の地で
僕は後輩の一人に尋ねた。
そうしたら、後輩の一人は口を尖らせた。
「何も聞こえていないですよ。辰一先輩の勘違いじゃないですか」
おーい、おーい、おーい、と不吉な山彦のように裏返った甲高い声は鳴りやまない。
「早く着替えたらどうですか? 始まりますよ」
後輩に指摘されてそうだな、と振り払い、僕は気にしない素振りを演じた。
「僕の空耳だね。ごめん、ごめん」
こっちに来い。
「どこへ?」
峻厳な森の奥だよ。
あの時と同様に大地を轟かすような、矯激な声はそこで止まった。
僕は歯を食いしばりながら甚平に急いで着替えた。
舞台に再び、立ったときは完全に声は聞こえては来なかったけれども、気まずい汗を背中に感じた。
群青色のスッポトライトが真っ向から浴び、冷たく、厳しく、目に染みる。
「――父上は悔しくはないのですか。私にはこの世とは無常なだけです。北朝の者と戦い、疲れ、その果てが斯様な隠れ里に逃れるしかないとは。都の月もここで見る月も斯様に美しき栄耀であるのに」
月夜を催した舞台で僕は身を削って演じ切る。
観客の顔はここからでは匿名化され、あまり見えない。
父である懐良親王と離れ離れになった、爵松丸が峻厳な森を照らす天満月に向かって叫ぶ、シーン。
ここが本当の闇夜の森であるかのように孤絶した少年の王子を演じるんだ、と僕は硬く誓う。
「私には納得がいきませぬ。なぜ、残酷な時流に抗い続ければいけないのか、それとも、運命に身を任せ、諦めるしか術はないのか」
僕もまた、不遇な王子と同じように恨み嘆くしか、この身を保てなかった。
生まれの呪いは消えないように。
我が身に降りかかった残酷な道標を僕らは酷薄にその茨の道を歩むしかない。
生まれついた辺境の地で脆弱な若木のように懸命に虚空に向かって、根を張るしかないのか。
曇った額に晩秋と馴染んだ汗が滲んできた。
ふらついた拳を丸め、全身に力を入れた。
おーい、おーい。
こっちだよ。
おーい、おーい。
ああ、また幻覚を纏った巨人のくしゃみのような声がする。
何か、魔物が存在するのか。
物の怪の類がこの移ろう諸行無常な穢土に迷い込んでしまったのだろうか。
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