第11話 あのときの声


 君が腰を低くして優雅に裾を広げた。


 小学生が演じる村の子供たちが折り紙で作った紙吹雪の桜の花びらを散らしていく。


 後方に大山津見神役の先輩が父親の配役らしく、どっしりと構えた台詞を述べていた。


 舞台からいったん僕らは消え、磐長姫だけが残される。



「ああ、なぜ、妹だけがあの方に望まれなくてはいけなかったのでしょう」


 清羅さんの化粧がそんなにおかしいのか、観客席から静かな笑い声が聞こえる。


 僕はその掛け声のあとに壇上に上がった。


「――そなたは気に入らぬから早く帰るが良い。そなたの父も待っておろう」


 磐長姫を演じる清羅さんの舞台にスッポトライトが照らされ、磐長姫は僕に向かって鏡を投げた。


 もちろん、本物の鏡ではない。


 紙の裏にアルミホイルを張っただけの代物だ。


 


 ここはもちろん、アドリブだし、記紀神話にはそんな逸話はない。


 観客からどっと笑い声が生まれ、嫉妬深い醜女である磐長姫は、婚儀を断った瓊瓊杵尊を演じた僕を悪罵するような素振りを見せた。


 


 僕は全神経を集中させた。


 演じるために決まりが悪そうな雰囲気を出す。


 それからまもなく、僕の出番はなかったので、急いで着替えなくてはいけない、と焦った。


 舞台裏を下りて勾玉の冠を外すと楽屋の裏から声が聞こえた。


 


 おーい、おーい。


 あのときの声だ。


 おーい、おーい。


 同じ声だ。


 耳を澄ませばさらに音響を増す。


「何か聞こえていない?」


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