第10話 樹海の精霊
照れくさそうに君は微笑んだので僕は恥ずかしさも忘れて大きく頷いた。
「すごく似合っているよ。本物のお姫さまみたいだ」
本当の主人公の磐長姫役の清羅さんは頬に渦巻印を描いてもらったようで、後輩の一人が太ペンで大きく描く。
「造花の桜を持つんだ。百均で買ったような造花を持つの。恥ずかしいな」
この清らかな姿を見るために僕は今まで世知辛い世の中を生きてきた。
父さんとの確執はどうでもいいんだ、と思い込める。
あれは何だったのだろう、とふと疑念は拭えない。
何か、妖怪や狐狸や山天狗にでも惑わされていたのだろうか。
銀鏡には果てしない樹海の精霊が人間を誑かすことがある、と前に伯父さんは話してくれたから、僕もその夜の精霊に誤魔化されたのかもしれない、と切に思う。
薄暗い舞台袖で本番まであと少しのところで待機していると、村の子供役の勇一が声をかけてきた。
「辰一お兄ちゃん、トイレに行きたい」
こんな大事なときに何を言うんだ、と僕は思わず声を荒げそうになったが、僕は冷静に指示した。
「勇一、裏手のトイレまで早く行け。さあ、早く」
勇一は駄々をこねた。しまいにはひとりじゃ怖い! と真昼間なのに言い始めた。
困ったな、と思いつつ、僕は何とかして説得した。
もう舞台では清羅さんが演じる磐長姫のシーンがスポットライトを照らし、開演している。
「裏側から行こうよ、辰一お兄ちゃん」
仕方なく体育館の裏側に勇一を連れて行って用を済ませた。
僕は大慌てで舞台裏に行くともう、有ろうことか、すぐ出番だった。
衣装も崩れていないか、確認する暇もなく舞台へと上がった。
「そなたは誰の娘か」
息切れもしていたけれども、練習通り、澱みなくはっきりと大きく言えた。
舞台裏から緊張した面立ちの君が出てくる。それと同時にスポットライトが照らし出される。
「大山津見神の娘、木花開耶姫でございます」
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