第6話 暁星の如く
明日からは昼休みであってもたくさん練習しないといけない。
当分、部活動の練習も短縮されるだろうし、劇の練習に専念しないといけないからだ。
台詞を声に出して言葉をなぞるたびに底なしの身体が熱くなった。
暁星の如く、太平に輝きなさる天孫でいらっしゃる、瓊瓊杵尊が銀鼠色の砂礫のような磐長姫を拒む台詞。
こんな峻烈な台詞だ。
『――そなたは気に入らぬから早く帰るが良い。そなたの父も待っておろうぞ』
こんな冷淡な逆上を現実に突き放されたら、磐長姫の真竹のような心が折れてしまうに決まっている。
重要な大役を務めるとはいえ、随分、難儀のある役を引き受けてしまったな、と思った。
瓊瓊杵尊はその後、木花開耶姫の懐妊も雁字搦めに疑っている。
――一晩の交わりでそなたが身籠ったというならば、その子は私の子であるまい。恐らくは国津神の子であろう。
畏れ多くも失礼かもしれないけれども、神様なのにひどく人間臭いな、と僕は親近感のある感想を巡らした。
今も昔も人間の本質はあまり変わらないみたいだ、と週刊誌のように豪勢な醜聞を想起しながら、瓊瓊杵尊のご対応に苦慮した。
妊娠を疑われた木花開耶姫は激情し、産屋に火をつけ、身の潔白を証明されたという。
この令和の世に、仮に同じような事件が起きたら大変な騒ぎになるだろうな、とふと焦がれたような妄念を抱く。
あの人は僕の父さんが僕ら母子を捨てたとき、何を悔やみ、何を恨み、何を恐れ戦き、何を青い過去に捨てたのだろう。
木花開耶姫みたいに強く、愛憎から離れなかったんだろうか。
父さんの事情なんて一度も僕は聞いた素振りがないし、尋ねた機会も毛頭ない。
僕の父さんがどんな人柄なのか、僕は毫も知りたくもない。
二十歳を控えた、十九歳のうら若い少女に狡猾に近づき、父無し子を孕ませたような、酷い最愛の、怜悧であったという青年。
その人が僕の父さん。
爵松丸の深い哀しみに見舞われた境遇も調べると夜の底は愈々持って深く閉ざされる。
爵松丸もまた、実の父である、将軍・懐良親王と生き別れになり、この米良山中に落人として逃れてきた。
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