第2話 天孫降臨神話、早秋
「今回が二度目の取り組みなんだ。銀鏡の伝説を題材にした劇をする」
長友先生の早秋の候の俗世間から離れたような異世界めいた教室で話されたとき、僕の胸中は天高く馬肥える秋の碧空のように澄み渡った。
「天孫降臨と磐長姫の神話だよ。銀鏡の人も大勢、期待している」
古事記の日向神話に僕もまた、心地よい安寧を味わった。
「銀鏡では天孫降臨の逸話は切っても切れないからな」
秋空があんなにも広い窓辺から明々と見えるなんて思いも寄らなかった。
満開の桜のような君には木花開耶姫は似合っていると、僕は気恥ずかしくなりながら、清潔な感想を思い巡らした。
君は裏表もなく可愛いし、笑窪も毎回、うっとりするほど朱に交わらず、汚濁にも混ざらず、素敵な女の子だからだ。
「辰一君も祝子だから古事記について、権禰宜のおじさんたちたくさん習ったでしょう?」
神楽習いが始まってかた半年近く経とうとしているけれども、実際のところ、僕自身が納得するまで完璧に舞えないときのほうが圧倒的に多かった。
暮れ方、宿題は早く終わらせ、夜遅くまで伯父さんの家に行って神楽稽古する。
テレビがある居間で鈴の代わりにペットボトルを持って腰を屈んでぎこちなく舞う。
勇一はその間、テレビを見て笑いながら、辰一お兄ちゃん、また、背中の軸がずれている! と的確に指摘するものだから、ちょっと、僕は僕の体力が憎たらしくなるのだが、伯父さんはいつものように朗らかに笑って、大丈夫さ、と慰めてくれる。
勇一が寝静まり、いそいそと帰宅すると、僕は誰もいない自分の部屋で神楽習いを幾夜も日々、重ねた。あんまり稽古に励むものだから身体中が強張った錦鯉のように筋肉痛になってしまった。
今は軸も固定化し、身体のバランス感覚もだいぶ慣れてきたけれども、身体の深奥の軸の感覚がまだ、はっきりとは掴めていないのが半ば、実情だった。
「まだまだ、うまくは舞えないけれども伯父さんからも学んでいる」
僕が畏れ多くも感想を述べると君の明るい笑窪が緩んだ。
「楽しみにしているよ。女の子は神楽を舞えないからね」
君の笑窪には陰翳が隠れて見えた。
女子は神楽の代わりに桃と桜を舞うのが銀鏡では通例になっている。
銀鏡にその室町時代の御代から伝承される、古の京舞踊だった。
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