第13話
ライブでは様々なグッズを販売する。
定番のペンライトには霹靂神のロゴと、ライブを実施した西暦が四桁で刻まれる。毎年足を運んでくれるファンもいるため、同じデザインにならないよう気をつけつつ、初めて来るファンがこれから先も使えるようなシンプルさを求められるのだ。
今年は持ち手部分に稲妻模様が配された。色は山吹色、桔梗色、露草色と三パターンあり、それぞれ霹靂神、輝恭、菊司のイメージカラーである。点灯する色はいずれも山吹色だが、持ち手の柄で〝誰を推しているか〟がさり気なく分かるようになっているのだ。
輝恭は撮影スタジオの控室でペンライトを手に取り、試しに灯して左右に振ってみた。一本では心もとなくても、何十、何百と集まれば壮観な光の波が生まれる。ステージ上から初めてそれを見た時、あまりの美しさに息をのんだのを今でも覚えていた。
「お待たせ、輝恭くん」
控室の扉を開け、菊司が入ってきた。その後ろには初雪も居り、なぜか二人とも妙にぐったりしている。
「遅ぇよ。どこほっつき歩いてたんだ」
「ごめん、駅から出たところでファンの人に声かけられちゃって」
「連れ出すのが難しいくらい取り囲まれてたな。背が高いぶん目立つし、あの人混みはなんだってあとからさらに集まってくるし」
様子を思い出したのか、菊司の表情にさらに疲労が滲む。恐らくサインや撮影を求められたのだろう。普段通り輝恭がともにいれば適当に拒否できたが、あいにく菊司にオーディションの予定があり別行動だった。優しさゆえになかなか断れず、最終的に見るに見かねた初雪が救出したという。
「ニチカは気づかれなかったのかよ」
「帽子被ってたから。顔が陰るから意外とバレないぞ」
「へー、今度試してみようかな。でも僕あんまり帽子似合わないんだよね」
「似合ってねえ方が菊だってバレねえんじゃねえ?」
くくっと笑いつつ、菊司の頬にペンライトの先を押しつける。菊司は小声で痛みを訴えてから、輝恭がなにを手にしているか改めて気づいたようだ。
「それ新しいペンライトの見本? 可愛く出来てる」
「今回のは結構細身だぞ。持ちやすくて軽い。ずっと振ってても疲れねえと思う」
「とりあえず俺たちは着替えてくる。テルヤスは先に行っててくれ」
「言われなくても」
今日は缶バッジやブロマイド、アクリルスタンドなどに使用する写真の撮影だ。輝恭はすでにライブ衣装への着替えもメイクも済ませてあるため、先にスタジオに移動した。
当初、初雪が撮影に参加する予定はなかった。だが柘榴から「一夜限りの霹靂神復活なんですから、三人が揃ってるものや初雪さん単体のグッズも限定数出してはどうです? 一瞬で売れると思いますよ」と提案があり、マネージャーが嬉々としてそれに乗った。
ライトやカメラの準備が進む中、輝恭は手のひらに握っていたものを光にかざす。
ずっと箪笥の中にしまってあった稲妻型のピアスだ。
初雪が脱退してから取り出したことはないはずだったのに。無意識のうちに何度も取り出しては眺めていたのだと、先日菊司に指摘されて初めて気がついた。
――自覚してなかっただけで、俺もニチカとまた歌いてえと思ってた、のか。
確証はない。しかし深層心理では関係の修復や、再びそろってステージに立つことを切に望んでいた。でなければ大切に保管しているはずがない。
自身に潜んでいた些少な女々しさに自嘲の笑みがこぼれる。自分のことであっても知らない一面はあるものだ。
「なにしてるんだ」
着替えを終えた初雪が背後から声をかけてくる。カレンデュラでは前髪を後ろに撫でつけているが、霹靂神としては下ろしておくようだ。目にかかる前髪を左側に柔らかく流し、瞼には黄色のアイシャドウを塗ってあった。
「菊は?」
「まだメイク中。もうすぐ来ると思うぞ」
「衣装も問題なさそうだな。丈とか」
「学生の頃ならともかく、大人になってから身長なんてそうそう伸びないだろ。スタイルの維持には気を遣ってるし、最後に着た時と同じように着れた」
「アホか。足りてねえもんがあんだろ」
なにが、と言いたげに首を傾げた初雪に、輝恭は手の中のそれを差し出した。
彼は意外そうに目を瞠り、恐る恐るピアスを摘まみ上げる。
「お前が抜けた時に置いてったやつ」
「……着替えの時に用意されてなかったから、てっきり処分されたものだと……」
「俺がずっと持ってたからな」
「テルヤスが? 菊司じゃなくて?」
驚きすぎたのか、初雪の声が一瞬だけ裏返った。そこまで仰天されるとは思わず、輝恭は小さく舌を打つ。
「なにゴミで捨てりゃいいか分かんなかったんだよ。悪いか」
「材質から考えると燃えないゴミだと思うが」
「誰が真面目に答えろっつった」
「冗談だ。ちょっとからかいたくなって」
けらけらと笑われた腹いせに脛のあたりを軽く蹴り飛ばす。あっさり避けられたけれど、学生の頃に戻ったような心地でいつの間にか自分まで相好を崩していた。
初雪がピアスをつけたところで、ようやく菊司もスタジオに来た。こちらに駆け寄ろうとして足を止め、そわそわと二人を交互に見やってくる。
輝恭は首を傾げ、ふと以前言われたことを思い出した。
――輝恭くんと初雪さんが楽しそうに笑いあってるのを、また見たいだけ。
菊司の願いは今、この瞬間に叶ったと言っても問題ないだろう。念願の景色を邪魔するまいとするように、相棒はなかなか出入り口から動こうとしない。
「いつまで突っ立ってんだ。早く来い」
「う、うん!」
力強く手招きしてやれば、破願してようやく近づいてきた。多幸感に満ちたその顔にこちらまで嬉しくなるような、照れくさいような気分だ。
菊司は初雪の衣装姿にだいたい輝恭と同じ反応を示したあと、なにやら首を傾げる。
「前髪のメッシュはそのままにしておくの? スプレーとかで撮影の時だけ黒く出来ると思うけど」
霹靂神の衣装は白と黄色が多用されている。それ以外の色はほとんどなく、初雪の前髪に二ヵ所だけ入った橙色のメッシュは少しばかり浮いて見えた。
彼はそこを指先で摘まみ、誇らしげな顔で首を横に振った。
「これはこのままにしておく。俺がカレンデュラである証だから」
「そういや片目野郎と犬っころも染めてるもんな」
「そっかあ、お揃いなんだね」
納得したように菊司が自身のピアスを指で揺らす。
稲妻型のピアスは霹靂神である証だ。カレンデュラの場合はそれが二本のメッシュということなのだろう。
「というかテルヤス、誰だ犬っころって。もしかして玲央のことか?」
「なんかあいつ犬っぽいだろ。実家で飼ってる柴犬に似てる。なあ菊」
「ちょっと分かるかも。素直で良い子だよね」
「菊司の評価には同意するが、テルヤスはどうしてそういつも訳の分からんあだ名をつけるんだ……」
初雪がやれやれと額を押さえたすきに、輝恭は今度こそ脛に蹴りを入れてやった。
間もなく撮影が始まり、まずは輝恭からカメラの前に立った。次々とポーズを決めるたびにテンポよくシャッターが押され、表情を指定されれば言われた通りの顔を作ってみせる。全てのグッズで使用される写真が違うため、何通りも撮らなければならないのだ。
菊司、初雪と順に撮影を済ませた後はスリーショットだ。ブロマイドを全種類購入した場合の特典になる一枚で、何十枚とカメラに収めた上で三人とマネージャー、カメラマンで話し合い、自然に笑いあっているものを選んだ。
「へえ、トートバッグとかも出すのか」
撮影の休憩中、机の上に並べられたグッズの見本を前に初雪が懐かしそうに言う。
「デザインは菊司がやったのか?」
「うん。普段使いも出来た方が嬉しいかなと思って、シンプルな雰囲気にしたの」
「相変わらずデザイン力が高いな。衣装の原案も菊司が出してるんだろ」
「ニチカんとこはどうなんだ。デザイナーがやってんのか」
「そうする時もあるが、八割くらい柘榴が考えてるな。まあ俺と玲央にはほとんど伝わらん」
どういう意味かと問うより先に、初雪がスマホの画面を見せてくる。
そこに映っていたのはひどく拙い、ナメクジが這った跡を表したようなイラストだ。赤と黒のボールペンでぐちゃぐちゃに描かれ、見ているうちに不安な心地にさせられた。
「ンだよコレ」
「柘榴が描いたカレンデュラの衣装の絵」
「……衣装……? どこが……?」
菊司の絵とは大違いだ。伝わらないと説明されたのもうなずける。これを基にデザイナーがしっかりしたものを仕上げるそうだが、つまりデザイナーは柘榴の絵をしっかり解読出来ているのか。
「あっ、そうだ」
なにを思い出したのか、すぐに戻ると言いおいて菊司がスタジオから出て行く。去り際に見た口元は楽しそうに弧を描き、輝恭は初雪と目を見あわせた。
「お待たせ!」と戻ってきた菊司は胸に紙の束を抱えていた。「これまだ見せてなかったって思い出して。次のライブで着る新しい衣装の案なんだけど」
「あ?」
どういうことだ。ライブでの衣装は今も着ている定番のものだけではないのか。
菊司は案とやらをいそいそ机に広げる。輝恭と初雪はどちらからともなく紙面を覗きこみ、その出来に目を丸くした。
「いつもとだいぶ雰囲気が違ぇ」
「全体的に淡い水色か。涼し気だ」
「ライブが去年までと違って梅雨の時期でしょ。久しぶりに初雪さんもいるし、ちょっと特別感出したくて」
和服をアレンジした印象なのは普段と変わらない。衣装の色合いは三人で揃いだけれど、袖やアクセサリーのデザインが微妙に異なっていた。手首は稲妻と雨粒を模したチャームで飾られ、ところどころに透け感のある生地が用いられているのも爽涼感がある。
「本当は今日の撮影で試着出来たら良かったんだけど、思いついたのが急だったから間に合わなくて。ごめんね輝恭くん、相談も無しに」
「まあびっくりはしたけどな。怒ってねえよ」
しょんぼりと菊司が顔をうつむけ、励ましの意味も込めて頭を撫でてやる。
「どの曲の時に着るんだ。つっても、三人で歌うの一曲だけだけど」
「うん。だからもっと特別感あるでしょ。初雪さんはどう?」
「いいと思う。お客さんもびっくりしてくれるだろうし」
二人から否定されずに安心したらしい。菊司はほっと胸を撫で下ろしていた。
新衣装の案を目の前に掲げれば、カレンデュラのゲスト参加や初雪の一時復帰など、あらゆる要素で驚く客席の様子がまぶたの裏に浮かぶ。輝恭はうずうずと唇に笑みを乗せ、「よし」と威勢よく左の掌に右の拳を打ちつけた。
「絶対にファンの度肝抜いてやるぞ。驚きを畳みかけてやる」
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