第12話

 文句をつけた通り、事務所には後日カレンデュラのマネージャーからライブ出演を請願する連絡が届いた。文面にはきっちり先日の詫びも記してあった。

 こちらのマネージャーである掛巣も交えて三人で相談して、話がまとまったのは三月に入ってからだった。カレンデュラを出演させることにしたのだ。しかしずっと輝恭の中で疑問がくすぶっている。

「俺たちのライブにゲスト出演するメリットはなんなんだ?」

 事務所の会議室で、椅子の背もたれに体重を預けながら呟くように言う。

「言われてみれば……」と菊司が対面で不思議そうに同意した。「『出してくださいよー』ってお願いすること自体はあんまり珍しくない気がするけど、そういうのってそれなりに仲がいい人同士ですることのイメージっていうか」

 その場合は友情出演と名がつくのだろうか。だが霹靂神とカレンデュラの間に友情らしい友情はない気がする。両者をかろうじて繋ぐのは初雪の存在で、その彼ともつい先日まで不仲が続いていた。

 曲の作風も大きく異なり、ユニットの方向性もまったくと言っていいほど噛み合わない。だと言うのにわざわざ出演を所望した理由はなんだろう。

「千両くんの『ファンだ』っていう発言を信じるなら、ただ単に憧れの存在とステージに立ちたいだけとか?」

「そういやあいつ、霹靂神の曲を歌うニチカを観たいって人がいるだのなんだのも言ってたな……自分もその一人だって」

「本当にそれだけが目的なのかな」

「そうだろうって断定出来るほど、俺はあいつに詳しくねえよ」

 あれこれ推測したところで答えは出ない。後日改めて両ユニット全員そろっての打ち合わせするのだし、そこで本人に問いただすのが最善だろう。

 打ち合わせは霹靂神側の事務所で行うことになった。柘榴と玲央は初めて訪れる場所だろうが、初雪にとっては古巣だ。輝恭たちが出向くまでもなく、彼がメンバーを会議室まで案内していた。

 初日に決まったのはライブ開催日の変更だ。当初の予定ではやはり準備が間に合わないと判断を下したのである。

 では代替日をどうするか。輝恭が候補に挙げたのは六月二十八日だった。

「六月末ならまだ梅雨真っただ中だろ。雨と湿気が多くて陰気にもなる。だからそれをライブでぱーっと晴らしてやるってのはどうだ」

「いいですねえ」誰より早く肯定したのは柘榴だった。「明るく盛り上げて一時的に梅雨の憂鬱を吹き飛ばす。霹靂神らしくていいと思います」

「けどなんで平日なんだ。土日の方がファンも足を運びやすいだろうに」

「二十六日は先負だし、二十七日は仏滅なんだよ。なんか嫌だろ」

「せん、ぷ……?」

 首を傾げる玲央に、柘榴が小声で「六曜だよ」と説明する。最近の若者――輝恭も二十代前半だが――は六曜など気にかけないだろう。聞き馴染みが無くても無理はない。

「簡単に言やぁ、その日一日の吉凶の目安みたいなもんだ。先負は午前が凶で午後が吉、仏滅はなにをするにも凶って具合にな」

「そうなんですね。じゃあ二十八日は?」

「大安。仏滅の反対で、なにしても吉な日だ。ライブやるんなら成功させてえだろ。六曜にどこまで効果があるかは捉え方次第だろうが、どうせならあやかっといた方がいい。勉強になったろ」

「なりました!」

 玲央の返事は素直で威勢がいい。柘榴の胡散臭さとは正反対だ。

 開演時間は十八時のまま変更しなかった。仕事を終えたファンがなるべく足を運べるようにしたかったのだ。

 その他の点はまた別日の打ち合わせで決めることになった。

 だが柘榴はたびたびモデルの仕事が入っていて同席出来ず、玲央は学生のため平日の日中は参加できない。ゆえにカレンデュラ側の代表として出席するのは常に初雪で、必然的に三人体制の頃を思い出させた。

 懐かしくてほっとするような、気恥ずかしくてくすぐったいような、奇妙な気分だ。

「で、今日もニチカ一人かよ」

 菊司と並んで座り、輝恭は会議室の机を指先でこつこつと叩く。対面に腰を下ろした初雪は申し訳なさそうに眉を下げ、肩に提げたカバンから会議の資料を取り出していた。

「悪いな。柘榴は撮影の予定が入っていて」

「出演させてくれって言ってきた張本人が不在ってどういうことだよ。アホなのか」

「仕事なんだから仕方がないだろう。普段はこれほど忙しくないんだが。本人もかなり残念そうにしてたから許してやってくれ」

「谷萩くんは? 平日だけど春休みだし、来るかと思ってたけど」

「マネージャーと別の打ち合わせが入ったんだと。俺も詳細は知らん。決まったことはしっかり二人に伝えておくから」

「当たり前だ。そうしてくれねえと困る。んじゃとりあえず始めるぞ。時間がたっぷりあるわけじゃねえんだからな」

 今日はライブで披露する曲と、その順番をどうするか考える予定だ。

 ライブ時間は休憩なしで二時間を予定している。ずっと歌いっぱなしではなく合間にトークも挟み、アンコールも一曲ほど披露する見込みだ。しかしこれはあくまで演者が霹靂神だけの場合で、カレンデュラも出演するとなると変更を加えなければならない。

 まずどのタイミングで彼らを登場させるべきか。タイミングによって盛り上がるか否かが決まり、その後の会場の雰囲気も大きく左右される。

「一曲目はライブの定番曲をやるんだけど、そこは変えなくていいよね」

「『電光一閃』か? 確かに場を一気に盛り上げるにはいいと思う。トークタイムはそのあとか」

「いや、二曲目歌ってからだ。最初の予定じゃデビュー曲ぶちこんであったんだが、無しだな。別のやつに変える」

「え、なんで?」

 困惑したような眼差しを向けてくる菊司に、輝恭は「まあ聞け」とほのかに笑いかけた。

「トークタイムは合計で三回ある。二曲目のあとと、そのあと中盤に一回。あとは最後の曲を歌う前に一回だな。ニチカたちが出てくんなら、中盤の時がいいんじゃねえか。異論は?」

 無い、と菊司と初雪が同時に首を横に振る。

「じゃあそのあとに俺たちに歌わせてくれないか。流れとしては良いだろ」

「だな。俺と菊はいったん袖に引っこむ。曲はどうすんだ?」

「霹靂神は中盤まで明るくてアップテンポのやつが多いよな……」

「うん。バラード系も入れてあるけど、比率としては少ないかも」

「じゃあ落ち着いた曲調の方がバランス取れそうか。この前ホリデイで歌ったやつがベストだと思うから、それにする」

 着々と曲順が決まっていく。ゲストであるカレンデュラが披露するのは二曲に絞った。

 彼らの出演は当日まで伏せることにしたため、ファンのほとんどは霹靂神が歌い踊る姿を観に来ている。カレンデュラ目当ての客はゼロではないだろうが少ないのは確かで、中には「霹靂神を観に来たのに」と不満を覚える誰かがいるかも知れない。

 一曲では少ないが、三曲では多い。落としどころして二曲が最適だった。

「で、最後のトークタイムのあとにやる曲だ。ここに霹靂神のデビュー曲を持ってくる」

「おお。いいんじゃないか」

「ニチカ、お前も歌え」

「……うん?」

 突然の提案に初雪が固まる。数秒置いて「えっ」と菊司も反応し、輝恭は唇を三日月形に歪めた。

「菊が言ったんだろ。俺とニチカと三人で、また霹靂神として歌いてえって。それを叶えてやろうって言ってんだ」

「ほ、本当? いいの?」

 願いを捨てたわけではなかったものの、実現の可能性は限りなく低いと踏んでいたのだろう。菊司は明らかに嬉しそうに頬を染め、輝恭と初雪を交互に見つめた。

「ニチカがうなずくならな。どうすんだ」

「……いい、のか? 俺がまた、霹靂神の曲を歌っても」

「先に言っとくが、『これを機に霹靂神に復帰しろ』なんざ宣うつもりはねえからな。この一曲だけだ」

 初雪の突然の脱退は、当時応援してくれていたファンたちの中にしこりとなって残ったはずだ。いまだに悲しみと戸惑いを抱える者がいないとも限らない。

 だから最後に、三人でデビューした際の曲を歌うことでそれを取り除くのだ。

「お前が楽しく歌ってるって分かりゃあファンも安心する。そんで歌い終わったら、改めて霹靂神から抜けるって宣言しろ。〝脱退〟じゃなくて〝卒業〟にイメージを変えるんだよ」

「そういうことか」

 どうする、と再び問いかければ、初雪は目を伏せて考えこむ。落ち着かないのか、菊司が机の下でそわそわと輝恭の服の裾を摘まんできた。

「分かった。歌う」

 一分近く悩んだ末に、彼はそう答えを出した。

「菊司とか柘榴とか、俺が思っていた以上に俺が戻ってくるのを待つ声が多いみたいだから」

 その表情にかつて「テルヤスの隣にいたくない」と述懐した時の憂いはない。力強く前を見て、同時に多くの人々から求められていたことに気づいた幸福を受け止めているようだった。

 願いが叶い、菊司は初雪に何度も「ありがとう」と震える声で礼を言っていた。前髪の下には涙が浮かんでいることだろう。

「衣装は? 霹靂神の曲を歌うならお前らに揃えるべきだろう」

「服だったら掛巣がどっかに保管してんじゃね。体形が変わってんだったら調整しねえと駄目だけど」

「なるほどな。とりあえずいったんうちのマネージャーに報告してくる。少し席を外していいか?」

 さっさと行けと言うように手をひらひら振り、会議室から出て行く初雪の背を見送る。

 扉が閉まったあと、摘ままれたままだった服の裾を軽く引っ張られた。なにやらおかしそうに目を細めているのが前髪から透けて見える。

「服だったら、ね」

「なんだよ」

「ピアスは輝恭くんの家にあるんでしょ?」

「……なんで知ってんだ」

「何回か箪笥から出してぼんやり眺めてたじゃん」

 見られていたとは思わず、ぐっと言葉に詰まってしまう。

 初めはピアスのスペアの確認か、チョーカーをどれにするか選んでいるのだと思ったそうだ。

「でもピアスは別のアクセサリー入れにまとめてあるはずだし、チョーカーはもう首につけてた日だし、なんかおかしいなって思って」

「お前まさか勝手に箪笥のなか見たわけじゃねえだろうな」

「そんなことしてないよ! いつだったか忘れたけど、不意打ちで声かけたら慌ててしまったでしょ。その時にちらって見えたの。それで『あれってもしかして初雪さんのピアスかな』って気がついて」

「前髪で視界悪いのによく見えたな」

「これでも意外と視力はいいんだよ」

 へへ、と菊司は自慢げに笑った。さすが幼馴染なだけあってよく観察している。

 ――幼馴染だから、じゃねえな。俺のことが好きだからか。

 服を摘まんでいた指が、体の横に垂れた手をそっと捉える。菊司は輝恭の指先を自身の口元に運び、小さな音を立てて口づけた。

「ありがとう。また三人で歌えるの、すごく嬉しいし楽しみ」

「……そうかよ」

「輝恭くんは?」

「まあ悪く、」

 ねえ、と続けようとしたところで扉が開く音がした。報告を終えた初雪が戻ってきたのだ。

 輝恭は反射的に、菊司につながれたままだった手を振り払った。なにをしていたのかと問われれば間違いなく答えに窮する。焦るあまり勢いがつき、うっかり菊司の頬を叩いてしまった。

 おかげで結局「なにやってるんだ」と問われ、「なんでもねえ!」とくり返し誤魔化した。菊司も頬をおさえながら必死にうなずく。状況が理解できず、当惑した初雪からの眼差しはかなり痛かった。

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