第5話 約束の首飾り

 俺の実家は、秋田と宮城の県境付近にある。


 ここからだと、そう遠い訳ではない。


 そこで、実家の様子を見に行きたいことを皆んなに伝えると、快く了承してくれた。


 そうして俺は、今ここにいる。


 実家の建物に目立った損害はなく、


 だけど人の気配だけは、何処にもなかった。


 近くに安全領域セーフゾーンが展開されている様子はなく、おそらく生きてはいないだろうと思われた。


 このゲームで死んだ人間は、光の粒子となって砕け散るだけで、後には死体は残らない。


 俺は玄関の扉を背にして座り込み、無人と化した街並みを、ボーッと眺めていた。


「準兄ちゃん…」


 そのときアイリが、門柱の影から、気まずそうに声をかけてきた。


「そっちに行っても良い?」


 少し離れた所に華月の姿が見えるだけで、他に人の気配はない。どうやら、気を遣われたようだ。


「良いよ」


 俺が笑顔で応えると、アイリは安心したように隣に座り込んだ。


「絶対、魔王を倒そうね。私、頑張るから」


「……そうだな」


 アイリは、その意図を口にしない。


「絶対に倒そう」


 だけどそれは、俺の見解と他の皆の見解が同じであることを、如実に物語っていた。


「そう言えばさ、準兄ちゃん。最近、どこか調子悪い?」


 努めて明るく振る舞うアイリが、話題を変えようと笑顔を浮かべる。


「…え? 何で?」


「なんか最近、魔法の調子が悪いみたいだから」


「……ああ」


 そう見えるのか…


「特に調子が悪いって訳じゃないんだけど、そうだな…、アイリには話しておくか」


「何なに? 相談ならのるよ」


「俺のスキルさ、レベルが上がらないんだ」


「……うん?」


 言葉の意味が上手く飲み込めなかったのか、アイリが少し困惑の表情を浮かべた。


「ステータスの数値が完全に固定されてて、ゲームの開始当初から全く上がらないんだ」


「数値が、固定…」


「だからさ、俺の調子が悪いんじゃなくて、アイリや魔物の方が強くなってきたって事だよ」


 そこまで言って、俺は再び、無人の街並みへと視線を戻す。


「皆んなのレベルも上がってきたし、実家の様子も確認出来た。俺の役目もここまでかなあ」


「え…? ここまでって?」


「これ以上は、皆んなの足手まといにしかなれないって事だよ」


「な…何で、そんなこと言うの、準兄ちゃん?」


「何でって、そりゃ…」


「そんなの絶対にイヤ!」


 いきなり立ち上がって、声を荒げるアイリ。


「い、嫌ってお前、そうは言っても…」


「だったらこれからは、私が準兄ちゃんを護る! 絶対に、置いていったりなんかしない!」


「ちょ…ちょっと落ち着け、アイリ」


「ね、準兄ちゃん。コレ、覚えてる?」


 アイリが胸元から出したのは、平仮名の「し」を逆さにしたような、いびつな三日月のペンダント。


 どこか見覚えのある、そのペンダントに、


「…あ!」


 思わず玄関の中に飛び込んだ。


 あれはアイリとの別れの日、彼女から手渡された物と同じ物だ。


 大切に、自室の壁に飾ってあったペンダントを掴み取って、直ぐさまアイリの元へと駆け戻る。


 そんな俺の手元にあるペンダントを確認すると、アイリは泣きそうな笑顔を浮かべた。


「私ね、あの日に誓ったことがあるの」


 そうしてアイリが、二つのペンダントの飾りを組み合わせる。するとそこには、ハートの形が出来上がっていた。


「いつか準兄ちゃんと再会出来たら、もう二度と離れたりなんかしないって」


「アイリ…」


 真っ赤な顔で微笑むアイリの表情に、俺は言葉を失ってしまう。


 その瞬間、


『よくぞここまで、辿り着きました』


 俺たち二人に、空からまばゆい光が降り注いだ。

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