第3話 アイリの苦悩

「うわあ、久しぶり。アイリは今、高校生?」


「うん、高二」


 セーラー服に黒のセミロング姿の幼なじみが、少し照れ臭そうに可愛く頷く。


「へえ、見違えたよ。大きくなっ……たのは、胸だけみたいだな」


 しかし、あの頃とあまり変わらない背格好に、俺は思わず本音がこぼれた。


「へ?」


 一瞬、言葉の意味が判らなかったアイリはキョトンとするが、


「も、もおおおお、準兄ちゃん、それセクハラ!」


 やがて真っ赤な顔で、大きな声を張り上げた。


「ご歓談中すまない。アイリちゃん、ちょっと良いかい?」


 しかしその時、おそらく千葉県側のプレイヤーなのだろう、やや歳上の男性が声を掛けてきた。


「少し、これからの事で、意見を貰いたくてね」


「あ、はい。大丈夫です」


 そうして二人連れ立って離れていく。


 その姿をなんとなく眺めていると、やたらとペコペコ頭を下げるアイリの姿が目に付いた。


 その光景に、若干の違和感を感じながら、


「勇者って、あんなに腰が低いものなのか?」


 思わずボソリと、疑問がこぼれた。


「それは、あの子の力が『護りの力』だから」


 その独り言に反応するように、不意に背後から声を掛けられた。


 振り返ると、アイリと同じセーラー服を着た、黒髪ロングの少女が立っていた。


「えっと…?」


「あ、すみません。私、華月かつきって言います」


 そう言って少女は、ペコリと頭を下げる。


「準也だ。それで、護りの力って?」


「はい。【不落の構え】と言いまして、魔物の注視を一身に集めて、自身へのあらゆる攻撃的な干渉を遮断する能力なんです」


「充分、凄そうな能力だけどな」


「なんですけど、【勇者】でありながら、自分で魔物を倒すことが出来なくて。どうしても、他者の力に頼らないといけないんです」


「ああ、成る程」


「そのせいで、ちょっと色々ありまして…」


「色々?」


「はい、話はアイリが勇者に選ばれた日にまで遡るんですけど…」


 彼女の話を要約すると、


 引っ込み思案なアイリは、元々あまり、高校のクラスに馴染めていなかったらしい。


 しかし日本が異空間に閉じ込められたあの日、身近なクラスメイトに【勇者】が誕生し、クラス中が興奮の渦に包まれた。


 今まで目立った印象の無かったアイリが、いきなりクラスの中心に祭り上げられたのだ。


 その上、クラスの中にプレイヤーが五人も現れ、盛り上がりも最高潮に達する。


 そのままの勢いでエリアボスの討伐に向かい、やがて【勇者】の能力の実態を知ることになった。


 結果として、後刻に合流した他のプレイヤーの人たちの力も借りて、制限時間ギリギリでエリアボスの討伐に成功する。


 確かにアイリのおかげで、プレイヤーがエリアボスの脅威に晒されることは無かった。


 しかしそれでも、【勇者】のあり様として、アイリへの不満が爆発した。


 エリアボス撃破の経験値でレベルの上がった主力となるプレイヤーたちが、別の【勇者】と合流するために、アイリを見限って西へと向かってしまったのだ。


 その事実は、アイリを確実に追い込んだ。


 少しでも早く魔王を倒そうと、寝る間も惜しんで最前線に立ち続けていると言う…


「君は、他のクラスメイトと一緒に、西に向かわなかったのかい?」


「私はこれでも、アイリの親友を謳ってますから」


「そうか。アイリが今でも【勇者】を続けていられるのは、華月さんのおかげかもしれないな」


「それでも、噂の『準兄ちゃん』には敵いません」


「え…?」


「あの子のあんなに大きな声、私は初めて聞きましたから」


 そう言って華月は、少し意味深な含み笑いを浮かべていた。

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