第45話 幼馴染で親友は...したい


「ねぇ、優里......どうしたい?」


 私は優里に問いかける。

 帰って来てからの優里の様子から、元気がないことは明らかだ。

 そしてその原因が、私のご褒美キスだということも。

 私が勘違いの自惚れ女じゃなければ、きっとそうなんだろう。

 だから私は優里を試す。

 何度も何度も言ってきた、「優里なら良い」。

 私の幼馴染で親友は、何を日和ひよっているのか。こんなにも私は分かりやすいのに。


「...っ...ぁ...」


 もうすぐ触れ合いそうな唇を穴が開くほどに見つめる優里の頬をもう一度撫でた。


「優里...最後のチャンスだよ...?」


 そう言って私はさらに顔を近付ける。

 上唇はもう、触れていた。


「......どうしたい?」


 左手をずらし、優里の耳に掛かる髪の毛をかき上げて返事を待つ。

 優里の瞳は、悲しいのか嬉しいのか、今にも泣き出しそうなほど潤んでいて、宝石みたいに輝いている。

 

「......したい」


 そう言って優里は、その綺麗な宝石を瞼の下に隠す。


「ふふ、よく言えたね」


 髪をかき上げた左手を優里の頭に乗せ、撫でる。

 そのまま目を閉じて顎を少し上げた。


「ん」


 柔らかい感触が上唇から下唇に広がり、そこから伝わる何かが全身を駆け巡る。

 この味は、幸せの味だ。


「...っは...京香...京香...」


 触れるだけのキス。

 時間にして一秒にも満たないその行為が、私と優里を一つにする。

 離れた唇を名残り惜しむように、私の唇を撫でながら名前を呼ぶ優里。


「ふふ、もう一回する?」


 何度も壊れたように頷く優里を見ながら、もう一度唇を触れさせる。

 今度はすぐに離れない。

 じんわりと、心が温かくなるのを感じた。


「...んぅ...ん...っ...きょ、京香...」


 しばらくその感触を楽しんでいると、優里が私を呼ぶ。

 目を開けて優里を見ると、少し苦しそうに息を乱していた。

 上唇だけ触れ合ったまま、言葉を発す。


「キスしてる時は鼻呼吸、だよ?できる?」


 そう言ってまた優里の口を塞ぐと、少しジタバタした後慣れてきたようで、安定してきた。

 私は角度を変え、もう一度優里を味わう。

 目を開けて優里を見ると、下ろした瞼から涙が溢れてきて、閉じた口が少しずつ開いてくる。

 ...少しだけ、いいかな。


「...ん...んん!?」


 隙だらけの口に舌を侵入させて優里の舌を絡め取ると、慌てた優里が顔を真っ赤にさせて目を開けた。

 そのまま顔を逸らして逃げる。


「...はぁ...はぁっ...きょ、京香...」


 せっかく慣れてきた呼吸を乱された優里は、荒い息遣いで私を見ている。

 その視線に微笑んで返してもう一度顔を近づけようとするが、優里の顔の真ん中に見える赤い液体が、私の頭を冷ます。


「わーー!優里、鼻血!鼻血出てる!ほら、すぐ出るよ!」


 なんだか前にもこんなことあった気がするなぁ、そう思いながら、バタバタとお風呂場を後にした。







 優里も落ち着いたので、私達はリビングのソファで隣同士座りくつろいでいた。

 私の右手には、優里の左手が握られている。

 優里はぶつぶつ、「くそ...なんであそこで鼻血が出るんだ...」と小さく呟いているが、いつも通り筒抜けだ。

 ふふ、続きはまたいつか、ね。

 

 台所を見て、洗い物が無いことを確認して声をかける。


「優里、帰って来てから何も食べてないよね?今日は私のデビューが発表されたから、そのお祝いでお寿司買って来たんだ。スーパーで安く買えたから、一緒に食べよう!」

「んぇ?あ、うん。いいね、お寿司。食べよう」


 優里の手を引いて台所へ向かう。

 冷蔵庫の扉を開いて、真ん中の段を占領している包みを取り出すと、優里が反応した。


「な、何人前買ったの?」

「えっと、七期生だから七人前買ってみた!」

「あはは...えー...食べ切れるかな...」


 はしゃぐ私を困ったように見つめる優里の顔が優しくてカッコよかったから、そのほっぺにキスをしてみる。


「ん」

「んぁっ!?えっ?な、なになに?」

「ふふ、なんとなく」


 さっきお風呂でこれ以上のことをしたのに、未だ顔が赤くなる癖が抜けない幼馴染を見て、満足する。

 やっぱり私の優里は可愛い。

 優里のこんな表情を見られるのが私だけだという事実が、心の中の何かを満たす。

 独占欲。

 今日、優里がヤキモチを妬いたみたいに、私も優里に対してヤキモチを妬く時がくるのかもしれない。

 その時は、これでもかというくらい色々とするつもりだ。

 色々ってなんだろう、とは思うけど、とにかく色々する。うんうん、色々だ。


 

「それじゃあ、私のデビュー配信成功を願ってお寿司パーティーを開催します!」

「いぇーい!」


 リビングの机にお寿司を広げて、その豪華な景色写真に撮る。

 あ、そうだ。


「優里、久しぶりに一緒に写真撮ろう?」

「ん?良いよ、撮ろっか」

「やったー!じゃあ、あのポーズね!覚えてる?」

「もちろん、あれだよね」


 タイマーをセットしたスマートフォンを机の上に置いて、私達はそれぞれ配置につく。

 左には優里がいて、しゃがみながら私にハートの片方を向けている。

 私は左手を前に突き出して、満面の笑顔をカメラに向ける。

 私のスマートフォンの待受画面、二十歳の誕生日に撮った二人のお気に入りのポーズだ。


 カシャッ、と音が聞こえたので私はスマートフォンを取って確認すると、綺麗に撮れた私たちの姿が映し出されている。


「どう?良い感じ?」

「んー、どうだろー...っほい!」

「んなぁっ!?」


 横から覗き込もうとする優里にいきなりスマホを向けて撮ると、持ち前の反射神経で体を逸らした優里のブレブレの姿だけがフォルダに残った。


「ちょっとー、避けないでよー」

「ごめんごめん、なんか反射で」


 運動神経が良すぎるとカメラに撮るのも一苦労だ。


「それより、撮った写真どうだった?」

「ちょっとブレてるかもねぇー」


 本当は最高の写真がまた撮れていたけれど、イタズラを思い付いてしまったので嘘をついた。

 この後写真送ってあげるから許して欲しい。

 

「ん、じゃあもう一回撮ろっか」

「うん、そうしよ」


 またタイマーをセットして、スマホを机に置く。

 タイマーは五秒、私たちもスタンバイ完了だ。


「...ねぇ、優里?」


 あと二秒でシャッターが切られるというタイミングで、優里を呼ぶ。


「ん?どうしたの?」


 こっちを見てくれるか賭けだったが、ハートを私に向けたまま、私に顔を向けている。

 そんな優里の唇に、私の唇を重ねた。


「...っ!?」


 カシャッ、と最高のタイミングで鳴ったスマートフォンに向かって私は走り出す。


「...!あぁっ!」


 真っ赤な顔の優里が慌てて追いかけてくるが、時すでに遅し。保存済みである。



 こうして私の写真フォルダに、また一つ宝物が加わった。


 


 

 

 

 

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