第42話 幼馴染で親友は大規模コラボ(後編)


 ビルを出てしばらく斉藤さんと並んで歩く。

 話を聞くと、残りの遅刻勢である三期生のスミレさんとムーンさんはどうやら電車が止まってしまったらしく、三つ前の駅から走って向かっているとのことだ。

 急な電車の停車でタクシーが捕まりにくいので諦めてマラソンに切り替えた二人を今から迎えに斉藤さんが行く。

 ビル近くの駐車場で別れる際、「メアを頼みます」と言われたので「任せてください!」と返した。



 メアちゃんの家の前に着き、一応メッセージを送ってみたが既読は付かない。

 インターホンを押して、しばらく待つ。


 一分ほど待っていると、「あっ、あっ、ど、どうしよう...!」と焦っているメアちゃんの声がインターホン越しに聞こえてきた。

 事故にあって来られない、とかではないみたいで安堵する。

 とりあえず配信用のスマホを持って来ることを伝えてインターホンの呼び出しを切り、斉藤さんにメッセージを送って待っていると、五分ほどしてメアちゃんが降りて来た。


「ど、どうしようどうしよう、寝坊しちゃった...!」


 メアちゃんはとにかく焦っているようで、配信用のスマホを手に持ってあわあわとしている。

 服はとりあえず着替えただけと分かる赤いパーカーに黒いズボンのスタイルだ。

 寝癖も直さず来たらしく、頭の上で髪の毛が四方八方に暴れている。

 私は普段から愛用している変装用の黒い帽子をメアちゃんに被せ、大丈夫だよ、と声をかける。


「まだ始まってないみたいだから安心してね。ちょっと走るけど、大丈夫そう?」


 私の問いかけに、頷いてくれた。

 今にも泣きそうなメアちゃんの頬を優しく撫でて、出発する。

 




 五分ほどでビルに着いたので、エントランスの警備員さんに手を上げて、そのままメアちゃんとエレベーターに乗り込んだ。


「お、怒られるかな...?」


 メアちゃんが不安そうに聞いてくるので、笑顔を返してあげる。


「ふふ、その時は一緒に怒られてあげるよ。遅れちゃった分クイズで頑張れば大丈夫!」


 エレベーターの扉が開きメアちゃんの手を引いてスタジオに入ると、「遅れるなんて可愛らしいところあるじゃん」と優里が出迎えてくれた。

 続いてりくちゃん、東雲さん、全員が声を掛けてくれる。

 メアちゃんは優しく許してくれる皆に泣きそうになりながら、


「遅れてごめんなさい!結果出します!」


 と、頭を下げた。

 収録に遅れた時はその分取れ高を。私もアイドル時代に同じ事務所のアイドルの先輩に言われたものだ。

 今では女優として活躍しているらしいけれど、元気にしているだろうか。

 収録という懐かしい現場を、初めて観覧客として見る。

 こうした初めての経験一つ一つを、新しい自分が見つかっていくようで楽しく思う。

 既にスタジオの中に入っていた海ちゃんと冴子ちゃんの隣に移動し座ると、メアちゃんが駆け寄って来た。


「あ、ありがと...!あと、これも...!」


 お礼と、渡した帽子を返そうとしているメアちゃん。

 その頭はまだ落ち着いておらず、帽子を被っていたことで余計に荒れている。


「ふふ、どういたしまして。でも、この帽子は帰るまで被っていて良いよ。確かメアちゃんの新衣装に帽子を被ってるのがあったよね?今日はその姿で出よう!」


 メアちゃんに帽子を被り直させ、頭を撫でる。

 そうして頭を撫でて顔を赤くするメアちゃんはいつも通りだけど、今日はなんだか、真っ直ぐに私を見ているように感じた。


「...ありがと」


 席に戻るメアちゃんの後ろ姿を私は見送る。

 その姿は、何かを決めたような力強いものだった。



「あ、あぁあああああああ!!」

「...馬鹿。...皆さん...遅れてすみません...」


 スタジオの入り口が突然騒がしくなったので振り向くと、私を見て大声をあげるツインテールのメイドさんことすみれきゅんと、その隣で謝るクール親切でPCに詳しい美人さんの月さんがそこにいた。


 私は二人の姿を見て驚くが、同時に納得する。

 ここにいる...ということは、そういうことなんだろう。

 月さんとムーンさんの声は全く同じだし、すみれきゅんなんてそのまんまの名前でスミレさんだ。

 よく考えたら分かったはずなのに...。

 東雲さんにしてもりくちゃんにしても、世界って思っているよりも狭いのかもしれない。


 そうして優里を見ると、メアちゃんと何か話していた。

 二人とも真剣で、あまり見たことのない顔をしている。

 ...相変わらず優里の真剣な顔はかっこいいけれど。

 私はただのファンのようにはしゃぎながら、観覧用のパイプ椅子に座り皆を見る。


 ディレクターさんの合図があり、りくちゃんが大きく息を吸う。


「ライブスターズ七周年記念!!〜ライブスターズの歴史を振り返ろう〜クイズ大会!!開幕です!!」


 元気溢れるその声で、クイズ大会収録が始まった。

 






「ヒメカさん、先ほどはありがとうございました。おかげでメアも収録に間に合い、こちらの二人もなんとか間に合わせることができました」

「いえいえ!私もみんなが揃っている姿が見たいですからね!お役に立てて嬉しいです!」


 収録の休憩時間、案の定私の所に走って来たすみれきゅんと、それをいさめる様に後ろを着いてくる月さんと挨拶を交わしていると、車を置いて戻って来ていた斉藤さんに声をかけられた。


「わ、私の京香たんが同僚に...あっひゃあああ」

「...協力してくれたのね...ありがとう、助かった...」


 ライブスターズから今度デビューするということを伝えるとおかしくなってしまったすみれきゅんに対し、月さんはお礼を言ってくれた。

 私は「間に合って良かったです!」と返す。


「それにしてもやっぱり一期生ってすごいんだねぇ〜」


 隣で二人に挨拶をしていた海ちゃんが、感心している。

 クイズ大会は現在、無気力に見えて誰よりもライブスターズが大好きな犬屋敷さんを始め、一期生の先輩方が見事に答えまくっていて、

 一位、一期生。24ポイント。

 二位、三期生。10ポイント。

 三位、五期生。8ポイント。

 の順番になっている。


「へへへ...りくちゃんさんがいたら一人勝ちかもですけど...さすがは初期メンバーです」


 冴子ちゃんも一期生の正解数に誇らしげだ。


「ここから先、逆転は流石に厳しそうだね」


 私が言うと、それを聞いたすみれきゅんが凄い勢いで振り向いてくる。

 えぇ、怖いよ。


「も、もしここから逆転したら...ほ、ほっぺにキスしてくださいぃ...!」


 ...可愛いのになんだかすごく残念なオーラをまとっているすみれきゅんの勢いに少し押される。


「うーん...それでやる気が出るなら別に良いですけど...」

「しゃあああああああああああ!うおぉおおおおおおお!みんなーーー!勝ったら京香たんがほっぺにキスしてくれるってよぉおおおおお!」


 私が許可した途端、大声で叫んでメンバーの所に走っていくすみれきゅん。


「...ごめんね...うちのアホが...」


 月さんもそう言いながら戻っていった。

 その後ろ姿を眺めていると、幾つもの視線を感じる。


「えっえっ、なになに」


 私が困惑していると、五期生の先輩が声をあげる。


「京香ちゃん!私たちが勝っても、その...良いんですか...!」

「えー?んー、特別にですよー?」

「ふぉおおおおおう」


 五期生の先輩方も叫び出す。


「ちょっと待ちなぁ〜?京香ちゃんに無理矢理そんなんさせたらダメやろ〜」


 止めてくれたのは犬屋敷さん。流石だ。


「まぁそういうわけで軟弱な後輩どもは私らが京香ちゃんからご褒美を貰うのを涙流して見てな」


 ...。




 番組の後半戦、かつて無いほどの盛り上がりを見せたそのクイズ大会は、もはやアイドルの面影の無い凄まじい戦場だったという。


 うーん、優里頑張れー。


 誰よりも鬼気迫る表情でクイズに答えていく親友の姿を、ただ見ていることしかできなかった。

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