第38話 幼馴染で親友は友達の家


 五分以上優里を追いかけているが、未だに捕まらない。

 足が速すぎる。

 そろそろ脇腹の鋭い痛みも耐えきれそうにないなぁ、と思っていると、曲がり角でその後ろ姿が消えた。


「優里ー?どこー?」


 呼びかけても返事はないので諦めて帰ろうとした時、近くのマンションのオートロックが解除されて誰かが駆けて行く音が聞こえた。

 よく辺りを見回してみると、メアちゃんの家がある。

 なるほど、と私はポケットからスマートフォンを取り出して電話をかけた。


「あ、もしもしメアちゃん?今からインターホン鳴らすから私も入れてー」


 電話越しに「な、なによあんた達」と慌てる声が聞こえるが、優里を中に入れた手前、私を断るわけにもいかなかったのか、しぶしぶ了承してくれた。

 ごめんね、メアちゃん。


 教えてもらっていた番号を押し、開けてもらう。

 二つあるエレベーターの片方が、ちょうどメアちゃんの住む階に着いたところだった。

 もう一つのエレベーターに乗り込み、目的の階を押す。

 ふふ、追い詰めたよ、優里。




 メアちゃんの家のリビングで床に正座している優里がいて、その前のソファに座る私の笑顔を見ながらメアちゃんがビクビクとお茶を淹れている。


 先ほど玄関を開け私が入ると、ここまで来ると思っていなかった様子の優里がメアちゃんを非難するように見ていた。

 メアちゃんは悪くないよ。

 そのまま玄関の鍵を閉めて、走って逃げられないよう念入りにチェーンも掛けたところで諦めたように優里が正座した。

 そしてソファに座る私と、床に正座する優里、ビクビクするメアちゃんという構図が完成した訳だ。


「メアちゃん、ごめんね?本当にありがとう」

「べ、別にいいけど...」


 メアちゃんにお礼を言って、淹れてきてくれたお茶を飲む。

 もう一つ、優里の分まで飲んだらさらにメアちゃんが怯えてしまったので、ソファの隣をポンポンと叩いて来て貰う。

 おそるおそる近寄るメアちゃんを捕まえて、広げた私の両足の間に固定して頭を撫でる。


「な、なによ!ふ、ふん!」


 赤い顔でそう言いながらも逃げようとしないメアちゃんをそのまま愛でつつ、優里に声をかけた。


「優里、どうして逃げるの?」


 俯いたまま「ごめんなさい」という優里の姿が珍しかったのかニヤニヤし始めたメアちゃんだが、そうさせている本人の両足で挟まれているという事実を思い出し顔を青くさせている。

 頭を撫でていた手をお腹の方に回し、ぎゅぅと抱きしめると、恥ずかしそうにまた顔が赤くなった。

 相変わらずメアちゃんは可愛いなぁ。

 その様子を上目で見ている優里がなんとも言えない顔をしているが、言葉は発さない。


「優里、怒ってないから正直に言って?ルームシェア嫌になっちゃった?私悪いことしたかなぁ?」


 私が特に何かをしたわけじゃない事は分かっている。

 おそらく昨日の夜のことを覚えている優里は恥ずかしくて逃げ出してしまったのだろう。

 相変わらず俯いたまま優里は首を横に振る。


「優里、ちゃんと教えて?」


 私がそう言うと、「だ、だって...」と顔が赤くなっていく優里。

 まぁ、メアちゃんもいるしこれ以上いじめるのは可哀想かな。

 全身で固定していたメアちゃんを解放し、立ち上がって優里の側まで寄ってしゃがむ。

 そのまま顔を耳の方に持っていった。


「いつも言ってるでしょ?優里なら良いよ、って」

「〜っ!?うぅ〜っ!?」


 メアちゃんに聞こえないように囁くと、優里の顔が燃えているのかと疑いたくなるほど赤くなった。

 私はまた立ち上がってメアちゃんの元に戻る。

 内緒話を目の前でされて少し寂しそうなメアちゃんを撫でて、背中側に回ってまた両足で固定する。

 

「メアちゃん、遅くなったけどお邪魔しまーす」

「お、遅いでしょ!...いらっしゃい」


 なんだかんだと優しいメアちゃんの可愛さに癒されて、どうせなら楽しく遊ぼうと心を入れ替える。

 メアちゃんも遊びに来てくれて良い、と言っていたし。


「それより、なんでメアって呼んでるのよ。メアリーって名乗ったでしょ」


 メアちゃんが尋ねてくる。そうか、そう言えばそうだった。今更隠しても遅いか。


「んー、ゴホン。今度ライブスターズからデビューすることになりました!よろしくね?メアちゃん!」

「...は?」


 理解が追いついていない様子だ。

 私だって友達がいきなりこんなことを言ってきたら「どうしたの?疲れてる?」って言ってしまうかもしれない。


「本当だよぉー、ちなみに名前はヒメカ、ヤンキーの見た目をしてるから!仲良くしてね?」

「は?は?わ、わからないんだけど!何があったらそうなるのよ!そもそもきょ、京香ってナイトがvtuberしてること知らなかったんじゃないの!?」

「あー、それはね...」


 分かりやすく混乱しているメアちゃんに、一つずつ説明していく。

 バレていたことと、オーディションを受けたこと、それから今ルームシェアをしていること。

 一つずつ理解しようと聞いてくれた。

 全部聞き終えた後、悲しそうな表情になったメアちゃんが私を見て言う。


「ふ、ふん...じゃああんたは私のこと分かった上で、取り入ろうとして仲良くなるフリをしてたって訳?」


 そう言ってそっぽを向くメアちゃん。

 相変わらず両足で挟んだままの状態なので動くことは出来ないが、悲しそうな声で「離して...」と言っている。

 そんなメアちゃんを強引にソファに寝転ばせた。


「な、なによ...」


 私はそのまま顔を近付けて、メアちゃんが逃げないように両手で顔を包む。


「メアちゃん、私の目を見て...。そんな上っ面だけの友情だったと思う?」

「うぁっ...うぐぅ...あぅぇ?」

「ほら...ちゃんと見て」


 そうしてさらに顔を近付ける。


「わ、分かったわよ!あ、謝るから離れて!は、離れてください!」

「ん〜?本当かなぁ〜?心の底から信じてくれてる〜?」


 そう言って鼻と鼻がくっつきそうにな距離まで近付いたが、後ろから何かに引っ張られたので離れた。

 振り返るとそこには優里がいて、「近すぎ...」と少し拗ねたように言う。

 メアちゃんは何かを覚悟したように目を閉じながら「わー」と叫んでいて、なんというか、荒れた状況だ。


「あれあれ?メアちゃんどうしたの?目なんか閉じて。何かあった?」


 目を開けて状況が理解できていないメアちゃんに意地悪な事を言う復活した優里と、しばらくして顔を真っ赤にして怒り出したメアちゃん。

 そんな二人の頭を撫でる。


 あ、良いこと思いついた。



「今日は、ナイトメア突発オフコラボをしよう!」

 

 ほうけた顔の二人と対照的に、私は満面の笑みだ。

 

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