第34話 幼馴染で親友は初酒


 配信部屋から声が聞こえなくなり、優里が出てくる。


「結構長かったね、お疲れ様。お風呂行っておいで?お酒のおつまみ作ってるから」


 どうやら嫌な話では無かった様で、少しニヤニヤとしている。


「ちょっぴり怒られたけど、あとは普通にこの後の運営としての対応をどうするか聞かれて長くなっちゃった。あはは、タイミングは助かったけど...。うん、おつまみ楽しみ!ちゃっちゃとお風呂入ってくるよ!」


 そう言って脱衣所へ向かう優里。

 やはり逃げたというのも間違いではなかったらしい。


 フライパンの上ではベーコンが食欲を誘う匂いを発している。

 お酒のおつまみ知識なんてまだ飲める様になって二ヶ月弱なのに詳しいわけもなく、オシャレなおつまみを作ろうと張り切った私の選択はベーコンだった。最初に目に付いたから、仕方ない。うん、仕方ない。

 あとは適当に玉子焼きとかを作れば良いだろうか。もし足りなければお菓子を開封しても良い。






 どうしてこうなったんだろう。


 ソファで座る私の太ももの上に、膝をまたぐようにしてこちら側に向ける優里が座っていた。

 左手を私の腰に回し、右手は頬を撫でてくる。

 チラ、と机の上に置かれたお酒の缶を見るけれど、私が飲んだ空き缶一本と優里の飲みかけの缶が一本あるだけだ。

 もう二十年の付き合いになるが、私の優里コレクションに「お酒に弱い」という新情報が追加される。

 優里ママがお酒を飲むと凄いことになる、と言っていたが、見事に娘にも受け継がれているようだ。

 遺伝子ってすごい。


「京香、頭撫でて?」


 私より背の高い優里が、体を丸めて頭を差し出してくる。

 甘えてくる親友も可愛いなぁ、と頭を撫でると、「ほぁ〜」という声を発して身をよじらせていた。


「優里、お酒弱いんだね...大丈夫?気持ち悪いとかない?」

「弱くないよぉ〜、だいじょぶ〜」


 うん、可愛い。

 しばらく優里の頭を撫でていると、腰に回された手が少しずつ下に移動していることに気付いた。


「...優里ちゃーん、そこはお尻だよー?」

「んー、京香のお尻ちっちゃくて可愛いねぇ〜」


 そう言って優里は指を曲げ、私のお尻の肉を掴む。


「ちょ...もう〜、酔うとえっちになるんだね優里ちゃんは」


 私のお尻の感触を楽しむ優里に「めっ!」とあざとく言ってみるが、優里の目がカッと開きより激しい手つきになるだけだった。


「...まぁ優里ならいいかー」


 そのまま優里のしたいようにさせていると、頬を撫でていた右手が私の唇をちょんちょんと弾き始めた。


「京香、ちゅーしよ?ちゅー」


 ちゅー、かぁ...。

 うーん、別に優里なら良いけど...。

 でもなぁ...。


「また今度してあげる。今日はもう遅いし寝よっか?優里、歯磨けそう?」


 なんとなく酔っ払った状態の優里とするのは勿体無いなぁ、と断った。

 なんで勿体無いと思ったのか、私も分からないけど。

 「やぁーだ」とごねる優里の両脇に手を差し込んでくすぐると、優里がはしゃいで体勢が崩れたのでその隙に脱出する。

 立ち上がり歩き出そうとするが、背中に柔らかな弾力と、肩と首には優しい重さを感じた。

 優里が抱きついているらしい。

 心臓が跳ね上がるのを感じる。

 今日で気付いたことだが、どうやら私は後ろから覗き込まれたり抱き締められるのに弱いようだ。

 

「ほらぁ、行くよー?私が磨いてあげるから」


 平静を装って声をかけ、優里の手を引いて洗面台へ向かう。

 ごねていた優里だが、手の繋ぎ方を恋人がするような指と指を絡ませるやり方に変えると満足したようで、「えへ、へへへ」と言っている。

 未来の同期である冴子ちゃん以外にもこの笑い方する人いるんだなぁ。

 うん、可愛い。


 くっついて離れない優里の歯をなんとか先に磨かせて、自分の歯も磨く。

 優里は手持ち無沙汰になったのか、また背後に回り抱きついてくる。


「ゆういー、ああいにういよー(優里、洗いにくいよ)」


 と言いはするが、内心ドキッとしてしまった照れ隠しでもある。

 そのまま首の後ろ、うなじの部分がくすぐったいなと思っていると、「すんすん...」という音が聞こえてきた。

 どうやら匂いを嗅いでいるらしい。


「京香の匂い、好きぃ〜」


 私の匂いなんて優里と同じボディーソープを使っているのだから同じ匂いに決まっているけれど、何か違いとかあるのだろうか。

 そういえば、私も優里の匂いは好きだなぁ。


 歯を磨き終わり、首の重さを我慢しながら口をゆすぐ。

 水を口に含んで吐き出そうと前屈みになる度に、「わぁ〜」と優里が楽しそうにぶら下がるので、いつもより多めに口をゆすいだ。





「おやすみ、優里」


 二人でベッドに入り、繋いだ手ごと腕にくっついている優里のまぶたに唇を落とす。


「...っ!」

「ん...?優里...?うわっ!」


 目を大きく開いた優里が私に覆い被さるように膝と腕を立てていた。


「京香...」


 私の名前を呼ぶ優里の目は真剣で、どこか切ない色をまとっていた。


「ん...?どうしたの優里?」


 優里の頭を撫でる。


「我慢...しなくていいよね」


 脇腹に優里の手が伸び、洋服の下にスルリと侵入してくる。

 

「おっと...」


 優里の手を掴んで止めた。

 さらに切なそうな目で私を見つめる優里の頭を胸に抱き寄せ、そのまま撫でる。


「おやすみ、優里」


 しばらく撫でていると、規則正しい寝息が聞こえてきた。


 以前、優里は私に興奮すると言っていた。


 そして今日、求めてきた。


 優里なら良い、その言葉は嘘じゃない。


 でもそれは、優里が自分の口で言えたら、ね。



 ふふ、明日優里は覚えてるのかな?


 無防備な寝顔を晒す親友の額をちょんと突いて、目を閉じた。

 

 

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