第33話 幼馴染で親友はハンバーグ


「うわぁ、もう拡散されてる...」


 そう言って優里は、誰でも好き勝手に呟けるサービスのトゥインクルスターを見せてくる。

 vtuberは基本的にこのトゥインクルスターを利用する場合が多く、配信の開始や終わり、情報の告知等、幅広い用途で使用されていた。

 一般に広く普及したトゥインクルスターは当然ライブスターズのファンも利用しており、配信情報やグッズ情報のチェック、自らの推しへの愛を語ったりなどしていた。

 

 優里が見せてきた画面には、検索欄にプリンセス・ナイトと入力してある。

 エゴサーチ、と呼ばれ、自身の活動に対するファンの反応を見る行為だ。

 私はアイドル時代にスマホを持っておらず、電話とメールの機能しかないパカパカする携帯を使っていたのでやったことがなかったが、友達のアイドルがしているのを見たことがある。

 

「プリンセス・ナイト、事故る。だってさ...。たった三分前なのにもう一万件ツイートされてるよ...」

「あはは、すごいね...。でもそんなに落ち込まなくても大丈夫じゃないかなぁ?確かに個人情報を言っていたらと思うと危なかったかもしれないけど...。でも、言ってないもんね?」


 落ち込んでいる優里を慰める。

 とりあえず配信アーカイブを消す程の失言はないと思う。


「いや、そこはまぁ良かったんだけど...。今日の友人として話してきた本人の隣で配信して、一緒に住んでるなんてリスナーにバレたらさ...」


 そう言って、苦い顔をする優里。

 確かに、ガチ恋勢という本格的に恋をしてしまったファンの人が良い気がしないかもしれない。

 そしてファンを大切にするのはアイドルとして当たり前のことだ。

 優里だって自分のファンが嫌な思いをするのは避けたかっただろう。

 どうしようもない事と分かってはいるが、謝らないといけないという気になった。


「ごめん優里...皆に嫌な思いさせちゃったよね...」


 謝りながら優里を見ると、何言ってるの?と不思議そうな顔をしている。


「えっ?京香の声聞いたみんなが嫌なわけないでしょ?」


 ...そうだった、親友は私の大ファンだった。

 うん、だとしたら何に渋っているのだろうか。


「そうじゃなくて、京香の透き通っていてなおかつ芯の強さを感じる声に皆が惚れない訳ないでしょ?そうするとライバルが増えて全員切るまで苦労するなぁ、というか...」

「あー、うん...なるほど...?とにかく気にしてないなら良かったよ!」

「別に気にしてないよ、ありがとう。ただ、どうやってリスナーにマウント取ろうかなぁ、とは思ってる。とりあえず、これで京香がバレたら確実に私も身バレすることになりそうだね」

 

 リスナー相手にマウントを取る宣言をする優里。

 そんなことしなくても私の一番は優里しかいないのになぁ。


「ふふ、じゃあ気を取り直してハンバーグ一緒に作ろっか?」

「ハンバーグ?」

「そうそう、冷蔵庫開けたら挽き肉が一番最初に目に入ったからさ。私達の初めてはハンバーグだね!」


 初めて、という言葉に逐一ちくいち反応する優里を愛でながらキッチンへ向かう。

 この騒ぎはまぁ、うん、放っておいてもなんとかなるだろう。





「ふぅ、ご馳走様でした。ハンバーグも美味しかったけど、やっぱり京香が作った味噌汁は世界一美味しいね。毎日作って欲しいくらいだよ」

「ふふ、それってプロポーズ?」

「っあ!?ち、ちがくて...!えぁ...うぇ!?」


 あたふたする優里を見ながら空になった食器を洗い場に持って行く。


「そういえば優里、洗い物とか料理とか、そういう当番ってどうしたい?」

「うぅ...あ...えっと...全部二人で...っていうのはダメだよね...?」


 全部二人かぁ、もちろんそっちの方が早いし楽しいんだけど...。


「んー、それももちろん良いけど、実はルームシェアの相手と家事の役割分担するのとかってちょっと面白そうだなぁ、って思ってて」

「...!なるほど!そうしよう!絶対にそれが良いよ!」

「あはは、やったー。じゃあ後でお酒飲みながら決めよっか?他にも色んな約束事を決めたいしさ?」

「決める!!」


 何故か少しも粘ることなく意見を変えた優里の勢いに押されながら、洗い物を進める。とりあえず今日は二人でやってしまおう。




 二人で洗い物を終えると、「どっちが先にお風呂行く?」と優里に言われた。

 私はもちろん「一緒」と返したけれど、優里のスマホが鳴りマネージャーさんと長話があると言われたので、結局一人で入る。

 優里、逃げたか。


 お風呂を出て体の水分を拭き取り髪の毛を乾かした。

 スキンケアも忘れずやってようやくリビングに戻るが、優里の話し声が配信部屋から聞こえてくる。まだマネージャーさんと話しているのだろうか?

 逃げたと思っていたら本当に長話があったらしい優里に、心の中で謝っておく。

 優里が電話している間にリビングへ向かうけれど、特にやることは無い。今のうちにナイトさんの配信の反応でも見てみようかな。




『祝!!ナイト、ついに友人と結婚する』


「えぇ!?」


 スマホでUtubeを開き、おすすめ動画に真っ先に表示された切り抜きのタイトルに驚く。

 画面をスワイプし、他の動画を見てみると、

『友人と初めての共同作業をするプリンセス・ナイト【配信切り忘れ】』

『プリンセス・ナイトの同棲バレ【事故】』

『ナイトの友人があざと可愛い(可愛い)』

 といったタイトルで盛り上がっていた。

 私が思っていたよりも大きな騒ぎとなっているらしく、おすすめ動画のほとんどがナイトさんの配信事故切り抜き動画で埋め尽くされている。

 そんな中、『メアの助かるしゃっくり』という切り抜きを見つけたので開いてみた。



「ふ、ふん!私にかかればこんなヒック...ふ、ふん!」


 ...ふぅ、ほっこり満足だ。

 

 とりあえず予想通り悪い方向で話題になっている訳ではないので、この問題は優里に任せよう。



 優里の電話を待つ間、お酒のおつまみを作っておく。

 初めてのお酒が配信事故の後なんてヤケ酒みたいだ...ふふ、優里ならちょっと似合うかもしれない。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る