第32話 幼馴染で親友はミス


 荷解きをほとんど終わらせ、水を飲みながら休憩する。

 残すはPC関連のセッティングだが、優里の誕生日配信まで一時間ほどしかないので今日はここまでだ。

 ちなみに優里は途中から参戦し、私より張り切って荷物を整理してくれていた。

 昨日の内に部屋割りは決めておいたが、直前になって怖気おじけ付いたのか「同じ寝室で良いの?」と聞いてきたけれど、今更一緒に寝ることに抵抗があるはずもない。

 もちろん「良い」と返しておいた。


「じゃあ優里、大切な誕生日配信の前なのに申し訳ないけど、配信の準備とか教えてくれる?」

「うん...なんだか配信者としての私を京香に見られるのはちょっと恥ずかしいけど、先輩としてしっかり教えていくから」


 そう言って二人で配信部屋に移動する。

 優里の秘密を知ったあの日以来、この部屋には入っていない。これで二回目になる。

 扉を開けると、以前見た時とは少し異なっていて、私のポスターや大量にあったCDが片付けられていた。


「あれ?私のポスターとかCDとかは?」

「...アハハー、ナンノコト?」


 ...うん。

 カタコトで目を泳がせる優里の目線の先にあるクローゼットに向かって歩く。


「あっ、ちょっ!」


 慌てた様に優里が腕を掴んで来たので止まってあげる。


「もう...何回も優里なら良いって言ってるでしょ?沢山あったの知ってるし、こんなに応援していてくれたんだって嬉しいよ?ふふ、もう引退しちゃったけど、ありがとね!」


 そう言って優里の頭を撫でると、優里の力が抜け掴まれていた腕が自由になる。

 今なら開けられるけれど、また今度にしてあげよう。


「ふふ、からかってごめんね?それじゃあ教えてくれる?」

「も、もう...それじゃあこっち来て」


 優里に案内されて配信用の椅子に座る。

 ゲーミングチェアと言うらしいそれは、長時間でも苦にならないであろうゆったりとした座り心地だった。

 優里はそんな私の後ろに立ち、電源をつける。

 そのままマウスに手を伸ばして操作をするものだから、抱きしめられている様で少しだけドキッとしてしまった。

 普段は恥ずかしがり屋さんなのに、こういう時は真剣な親友の横顔を見ながら話を聞く。私の為に教えてくれているのだから、私も真剣にやらないと。


 そのままUtube上の配信設定や、OBSと呼ばれる配信ソフトの使い方などを教えて貰いながら配信準備を進めていると、良い時間になっていた。


「ん。ありがと、優里。大体やり方は分かったよ。それじゃあ私は隣で座ってるから、誕生日配信楽しんでね!」


 そう言って一度部屋を出る。

 配信部屋には優里のゲーミングチェアしかないので、リビングの椅子を一つ拝借し、持っていった。

 優里は座りながら私をチラチラ見ているが、時間になり配信開始のボタンを押す。

 一視聴者としても楽しみたいな、とスマホを取り出して片耳でイヤホンを装着した。

 配信上ではナイトさんの待機画面が表示されている。

 なるほど、こういう感じなのかと、配信と優里を見比べながら学んでいく。

 やがて画面が切り替わり、ナイトさんの顔が映し出された。

 優里の動きに合わせて揺れるナイトさんの姿に、あぁ生きてるんだなぁ、と感じる。


「...ゴホン。こんぷり!」


 ナイトさんの誕生日配信が始まった。





 

「お疲れ様!とっても賑やかだったから私も楽しんじゃった!それはそうと...ふふ、今日はいつもの友人コーナーはしなかったんだ?」

「あはは、いやー流石に本人が隣にいるのに出来ないよ」


 配信が終わり、「もう喋ってもいいよ」という優里の合図があったので話しかける。

 配信を見ていたスマホは途中で仕舞い、折角の特等席なのだからと純粋に優里が話す姿を見て楽しんでいた。

 誕生日のお祝いにスーパーチャットと呼ばれる投げ銭が大量に贈られて、それに対して優里が丁寧に切っていく、といういつも通り楽しい配信だったが、配信の度に欠かすことなく話していた今日の友人コーナーは無しだったようだ。

 

「私夕飯の準備してくるね?少し休憩してても大丈夫だよ?」

「いや、大丈夫、ありがとう。私も一緒に作りたい」

「そう?じゃあ行こっか」


 何を作ろうか。

 来る時に寄ったスーパーで色々と食材も買ったので、冷蔵庫に行けばメニューが思い浮かぶかもしれない。

 立ち上がってリビングから持ってきた椅子を持ち上げると、優里の携帯が鳴った。


「おっと...マネージャーさんだ。ごめん、先に行ってて。すぐ行くから先に作り始めないでね!」

「そんなに慌てなくても大丈夫だけど...ふふ、そうだね、初めての共同作業だもんね」


 笑顔でそう言って椅子と一緒に部屋を出る。

 優里が「あぅ...」となっていたけれど気にしない。

 配信前、私をドキッとさせたお返しだ。優里もドキドキすれば良い。


 リビングに椅子を戻して、キッチンの冷蔵庫に向かう。

 冷蔵庫を開けると真っ先に挽き肉が目についた。

 今日はハンバーグにしようかな。


「うぉおおあああああ!!!」


 そのまま冷蔵庫を眺めていると、配信部屋から優里の叫び声が聞こえてくる。


「大丈夫ー?虫でも出たのー?」


 急いで向かい配信部屋に入ると、優里が慌てた様子でPCを操作して、こちらに振り返る。

 その顔は青ざめていて、目が潤んでいた。

 少し、嫌な予感。



「ごめん...配信切れてなかった...」


 

 その言葉を聞き、すぐに頭をフル回転させる。

 ...うん、多分名前は呼んで無かったはずだ。

 あとは、なんだろう。

 マズイとすれば、同居がバレたかもしれないことくらいだろうか?


「どうしよう、やらかしたぁああああ」



 頭を抱える優里を見ながら、案外大丈夫なんじゃないかなぁ、なんて呑気のんきに考えていた。


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