第29話 幼馴染で大切な人は知っている


 ママからプレゼントされた車を見た後、今は京香と二人で自室にいる。

 私が一人暮らしをしてからも部屋はそのままの状態で残しているらしく、少し埃っぽさもあるが気にならない程度だ。

 

「それで、話って...?」


 京香からプレゼントを貰った後、話したいことがあると言われたので場所を移動してきた。

 車の中では言えない話なのだろうか。

 胸元で光るネックレスを大切に握りしめて京香に尋ねた。

 もし、このネックレスを返して欲しい、とかだったら私は全力で泣いて断ろうと思う。そんなことじゃないだろうけど。

 不安に思い京香を見るが、どう話そうか迷っているようで「んー...」と言ったきりなかなか言い出さない。

 なんだろう、少し怖い。


「ん。今から話すこと落ち着いて聞いてね?」


 京香の言葉を聞いて、さらに緊張が増していく。

 冷静には聞いていられない内容なのだろうか。

 とりあえず「...うん」と返したが、もし本当に怖い話だったら耳を塞いでしまうかもしれない。


「えっとね。優里はさ、ネットビジネスをしてるって言ってたでしょ?」


 ツーっ、と背中に汗が流れる。


「それってさ、プリンセス・ナイトさん...だよね?」


 ...終わった。

 本当に耳を塞ぎたくなるような怖い話で、プリンセス・ナイトとしての自分を知られているということは、つまり私の京香に対する思いもバレているということになる。

 それは私たちの関係をこれまで通りではいられなくするものだ。


 嫌われたくない。

 離れてほしくない。

 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。


 気が付いた時には目から涙が溢れていた。

 どうしてこうなったんだろう。

 涙に濡れる目を閉じ、両手で耳を塞いでうずくまる。


 何も聞きたくない。

 友達をやめたい。

 そんな言葉は京香の口から聞きたくない。

 友達以上を望んだ私が愚かだった。

 やり直したい。


 どうしようもない事に抗う子供の様に、私はみっともなく泣く。


 今日、親からも二十歳の誕生日を祝われ、プレゼントを貰った。

 そして大好きな京香からは、とても綺麗で可愛いネックレスを貰った。

 もし私といる事を京香が拒んでも、このネックレスだけは絶対に離さない。

 京香との思い出も、恋心も、全部このネックレスに込めて一生を過ごす。二度と外すもんか。


「...嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ」


 駄々をこねる。

 何も見ていないし何も聞こえない。

 京香は今どんな顔で、どんな言葉を私に投げかけているのだろうか。

 怖くて私は殻に閉じこもった。


 

 頭に温かい感触がある。柔らかな温もりが頭の先から全身に駆け巡る。

 京香が私を抱きしめていると、見なくても分かった。

 私の耳を塞ぐ手を、京香は一つずつ外していく。

 聴覚は逃げ場をなくし、ありのまま京香の言葉を受け止めた。


「優里、安心して良いよ。優里ならいい、っていつも言ってるでしょ?」


 優里ならいい。一体なんのことだ。

 混乱する頭を整理して、目を開いて顔を上げる。


「もう、だから落ち着いて聞いてねって言ったのに。優里が何を怖がってるのか分かんないけど、多分優里が思ってる様にはならないから大丈夫。ほら、泣かないの」


 そう言って私の涙をぬぐう手を思わず掴む。

 急に手を掴まれた京香は少し驚いた様子だったけど、すぐに笑顔に戻った。

 涙を拭った逆の手が、頭を撫でてくれる。

 その手はいつも通り優しくて、私を安心させてくれる温かい手だった。


「...本当?引いたり...してないの?」

「本当だよー。引くって何に?あ、もしかして今日の友人のこと?あはは、優里が私のこと大切に思ってくれてるんだなぁ、って嬉しかった。引くとかそんなの思うわけないよ」


 大切...この幼馴染を思う気持ちが京香にとって重みにならないのであれば、これからも隣にいて良いのだろうか。


「...許してくれるの?」

「えー?許すってなにさー。...んー、なんて言えば良いのかなぁ。優里が例えば大きな罪を犯したとして...いや、この例えは良くないか。...とにかく、私は優里の隣にずっといるから安心して?ね?」


 最近の私は泣き虫だ。

 京香の事になると泣き出したくなる気持ちが抑えられない。


「ん...分かった...安心する」

「あはは、それなら良かった。まだ本題に入ってないからさー」


 まだ本題ではなかったみたいだ。

 その言葉でまた一瞬怖いという気持ちが出てきたが、隣にずっといる、と京香は言ってくれたのでこれ以上はないと思い直す。


「...本題?」


 まだ少し半べそだけど、姿勢を正して話を聞く。

 流石に勘違いで泣いてしまった姿をいつまでも見せるわけにはいかなかった。

 勘違い...顔に熱が集まるのを感じるけれど、今は京香の話が大事だ。真っ直ぐに京香を見る。


「そう、本題。...ごほん、ナイトさんが所属しているのはライブスターズで間違い無いですね?」

「う、うん...」


 京香に「ナイトさん」と呼ばれる事が少しくすぐったいように思う。

 わざとらしく咳払いをした何故か敬語の京香が言葉を続けた。


「今度、ライブスターズの新人としてデビューすることになりました!拍手〜!」


 そう言って手をぱちぱちと叩く京香。

 私も釣られて手を叩いてしまっているが、頭の中は追いつかない。

 京香が...ライブスターズでデビューする。

 それはつまり...えっと...どういうことだ?


「京香が、ライブスターズ」

「うん」

「京香が、vtuber」

「うん」

「京香が、同僚」

「同僚?あ、そうだね同僚だ」

「京香が、可愛い」

「うん...うん?あはは、落ち着いて優里さーん」


 顔の前を左右に行ったり来たりする京香の手を見る。

 左手薬指...サイズはなんだろう...っていやいや。

 

 顔を一度叩いて落ち着く。

 つまりはこうだ。

 私がvtuberで京香を大好きな事を知っていて、同じライブスターズの一員として今度デビューする。

 京香が私の気持ちを知っているということに一瞬気を持っていかれそうになるけれどなんとかこらえた。

 

「え、じゃあ私がvtuberやってるのいつ知ったの?」


 てっきり昨日か一昨日くらいに知って、誕生日プレゼントを渡すついでにその話もしようかな、という流れだと思ったが、オーディションに合格するのは最短でも一ヶ月はかかる。

 京香にバレてから、一ヶ月は経過しているということだ。

 一ヶ月の間にあったことが頭の中で走馬灯の様に思い起こされる。

 

 ここ最近京香は忙しそうにしていた。

 お泊まりをした。

 私がお風呂で鼻血を出した。

 そのまま京香の腕の中で泣いてしまった。

 ライブをした。

 メアちゃんも一緒にディナーを食べた。

 間違えてプリンセス・ナイトのスタンプを送ってしまった。


 あ。


「もしかして、スタンプでバレた?」


 やっぱりあれはやらかしていたんだ、と京香を見るが、「うーん」と言っているので違ったみたい。

 

「怒らないで聞いてね?そのスタンプ誤送信事件の少し前に、お泊まりしたの覚えてる?ホラー映画みようって言って」


 怒らないでね、と言われるが人生で一度も京香に対して怒ったことがない。

 いや、楽しみに置いてあったプリンを京香が間違えて食べてしまっていたのを目撃した時はどうだっただろう。

 あの時は確か、少ししょげていた私に食べかけのプリンをあーんしてくれた。

 うん、最高の思い出だった。やはり怒った記憶がない。

 それよりもお泊まり。ホラー映画の時か。

 もちろん覚えている。

 夜、腕に抱きついて寝てしまった京香のせいで一睡もできなかった日だ。

 私は「覚えてるよ」と答える。


「実はあの日、約束の時間より前に優里の家着いてたんだよね。その時初めて合鍵使って入ってみたんだけど驚くかなって。そしたらいつもは入らない部屋から私の話をしてる声がしたから中に入ってみたら、ナイトさんがいた。っていう感じ」


 ...私の友人への愛を配信上ではなく直接聞いていたらしい。

 それに気付かず私は...。


「ぎゃああああああああああ」

「えぇっ!?ど、どうしたの優里」


 恥ずかしすぎる。

 私が叫んで心を落ち着かせると、優里がビクッと跳ねていた。

 そんな姿ですら愛おしくて仕方ないのだから、困ったものだ。


「えーっと、うん、落ち着いたよ、もう。うん。なんていうか...逆に落ち着いたというか。これ以上失うものなんてないや、という心境です」

「あはは、優里顔真っ赤。可愛い」


 あなたが言わないで下さい、と思ったが口には出さない。


「よし、もう吹っ切れた!ちょっと行ってくる!」


 そう言ってリビングへと向かう私の背中に「えぇ...?」という京香の戸惑いが聞こえた。




 リビングに着くと、洗い物を終えたパ...お父さんと、ママがテレビを見ていた。

 テレビと二人の間に立ち、頭を下げる。


「京香を、私に下さい!!!」

「ええぇっ!?」


 二人が驚く。

 あ、違った。


「間違えました!京香と一緒に住んでも良いですか!!!」


 夜の住宅街にしては迷惑な程大きな声だったので、京香にも聞こえてしまったかもしれない。


 それでも良い、と今の私は最強だ。

 

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