第26話 幼馴染で親友はネックレス


 結局ワックで一時間ほど過ごした後、連絡先を交換して解散となった。

 二人の話を聞くと、どうやら三ヶ月前くらいに応募してから何度も面接をしていたらしい。

 その為、どんなキャラクターでデビューして何が出来るか、ということを私よりも詳しく話しているようで、少し焦りを感じる。

 単純にバーチャルアイドルとしてデビューしても良いのだけれど、私の中で純粋なバーチャルアイドルはりくちゃん一人で、同じことをしようとは思えない。

 おそらく面接後にあの役員さん達が会議をして決定していくのだろうが、私以外の二人は既にキャラクターが固まってきていることだろう。

 一ヶ月ほど前にポッと現れてデビューが決まってしまった私はひょっとすると二人とデビューがズレてしまうかもしれない。

 私のせいで、ここまで努力してデビューを待っている二人をさらに待たせるわけにはいかないので、最悪同期の居ないソロデビューも覚悟しておこう。


 置き忘れてしまった元々着ていた服を取りに再度ライブスターズの事務所へ。

 警備員さんにはまた来たの?という顔をされたが、満面の笑顔で誤魔化した。

 エレベーターで七階に到着し事務所のドアを開けて挨拶すると、「今連絡しようとしてたところ」とスマホを片手に持った出来るオーラ満載の女性がスーツケースを預かってくれていた。


「すみません、ご迷惑おかけしました」


 迷惑の謝罪をすると、「気にしないで」と言ってくれる。


「私はあなたの友人のプリンセス・ナイトのマネージャーを担当してます、斉藤です。PC関連に関してはかなりの知識があり配信未経験スタートの所属ライバーを担当することが多いので、おそらく私がマネージャーになると思います。もしならなくても今後ナイトと絡む際、私とも接するかと思いますので、以後、お見知り置きを」


 出来るオーラが眼鏡とスーツと姿勢から滲み出ている斉藤さんは、ナイトさんの担当マネージャーらしい。

 優里もデビュー当時は配信したことなんて無かっただろうし、斉藤さんに支えてもらっていたのだろう。

 

「はい!こちらこそ担当になるならない関係なく頼りにさせて頂きたいです!よろしくお願いします!」


 斉藤さんは「ふふ」と言ってスーツケースを渡してくる。

 

「あ、それから、これは大事な話になるのですけど、今お時間大丈夫ですか」

「あ、はい!大丈夫ですよ!この後はナイトさんの誕生日プレゼントを買いに行く予定しかないので」

「それならよかったです。そのナイトに関わる話だからこっちに来てもらえますか」


 そう言って事務所の端っこ、小さな声で話せば秘密の話も問題なく話せる場所ではあるが、何か周りに言ってはいけない事があるのだろうか。


「まずはなんと言いますか...。ナイトは配信未経験で芸能活動もなく、完全な素人としてデビューしたというのは分かりますか?」


 丁寧な話の始まりに背筋が伸びる。


「はい、私のアイドル活動に貢ぐ為に始めたと配信で言っているのは知ってます...」

「そうです。面接時に質問されたとは思いますが、前世バレというのがあるのは聞きましたか?」


 前世バレ、先ほど面接で言われたものだ。

 つまりvtuberとしてデビューする前にしていた活動が声や言動でバレてしまうというものだ。

 斉藤さんに頷いて「知ってます」と答える。


「実はライブスターズに所属していて前世がバレていないのがプリンセス・ナイトのみなんですよ」

「ナイトさんだけなんですね...」


 ナイトさん以外前世がバレている。つまりナイトさん以外は全員デビュー以前に何らかの活動をしていたということだ。

 デビュー時かなり若かったはずのナイトさんより年下のメアちゃんが何をしていたのか少し気になるけど、この疑問は一旦置いておく。

 

「はい、元々ライブスターズは配信経験者のみの採用でしたから。話を戻すと、ナイトは元々前世がない故に前世バレの心配が無いんです。しかし、配信で大好きな友人の話をしていて、その相手があなただと分かった場合、どうなるか分かりますか?」


 ...そうか、私は前世バレというのを重く考えていなかったけれど、そういうことか。


「私がデビューして前世バレをすると、その私と仲良しでいつも一緒にいると公言してしまっているナイトさんは前世バレ、どころか本人の身バレをしてしまう可能性が高いということですよね」

「そういうことです。まぁあなた達が一切コラボをせずお互いの話をしないのであれば仲が良いとバレることもないですけど、ナイトの溺愛できあいぶりを見ているとそれはどうも難しそうなので」


 私がデビューすると、優里に迷惑がかかってしまうかもしれない。

 それなら私はデビューを諦める。私の新たな目標より優里が一番大切だ。

 そう言おうとするが、斉藤さんは言葉を続ける。


「ただ、ナイトは別にバレても良いと思ってると思いますよ?」

「えっ?」

「まぁ、ナイトのデビュー前に面接を担当したのも私だったんですけど、その時に聞いたんです。友達が有名人というのがバレると自分の身バレに繋がるけれどそれでも配信で話しますか?と」

「...ナイトさんは...優里はなんと...?」


 優里はどう考えたんだろう。斉藤さんの言葉を待つ。


「私は世界一姫野京香を愛している自信があるので、身バレをして京香のファンが押し寄せても全員捻ひねりつぶします。と言っていました」


 ...ふふ。


「とは言えあくまで四年以上前なので、今の本人に直接聞いた方がいいとは思いますけど...」と付け加えてくる斉藤さん。

 真面目に考えなくてはいけないということは分かっているけれど、それでも自分の危険なんて一切考えず私を狙いにくる人を倒すことだけしか頭にない優里に、心が温かくなるのを感じた。

 この温もりをくれるのが優里という大好きな親友だ。


「そうですね、本人には直接私が聞きます。もうすぐ彼女の誕生日ですから、その時に色々と話をしようと思ってます」

「そうですね...それが一番かもしれないです」


 斉藤さんは「ということはナイトはついにvtuberバレと惚気のろけバレするんですね...楽しみです」と言っている。

 確かに私がそれを伝えた時、どんな表情をするのか楽しみだ。

 ナイトさんのファンの皆にも見せてあげたい気持ちはあるけれど、その表情だけは私が独り占めさせてもらおう。


 


 斉藤さんがおすすめする駅近くのジュエリーショップでネックレスを購入した。

 イニシャルは刻みますかと聞かれたけれど、流石に友達からのプレゼントとしては重いかなと断ったが、優里なら喜んでくれた気もする。


 寝て起きて、また寝る。そうして起きたら優里の誕生日だ。

 今年の優里の誕生日は平日の月曜日だけれど、優里ママと優里パパからも誕生日パーティーに誘われている。

 大切な一人娘の二十歳の誕生日に招待をしてくれる優しさには感謝しかない。


 喜んでもらえるといいなぁ。

 紙袋に包まれた四角い箱を電車に揺られながら何度も見た。

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