第25話 幼馴染で親友はファストフード


 合格が決まり、詳しいことは後ほどということになったので会議室の出口へ向かうと、後ろから声をかけられた。


「京香ちゃん、やったね!!ライブスターズへようこそ!!」


 振り向くとりくちゃんが満面の笑みで駆け寄ってきている。


「りくちゃん!やったよー!これから同じライブスターズの仲間だー!」


 りくちゃんと手を合わせてはしゃぐ。少し古臭いけど、キャピキャピという表現が合うと思う。

 先ほどまで真剣な面接をしていたとは思えない空気で和む私たちを見て、先ほどの見た目が普通の男性が興味深そうにしている。


「なるほど...りくちゃんと知り合いだったんだね。これは色々と企画が思いつきそうだよ。あ、そうそう。知っているかもしれないけど、僕はここの代表取締役、CEOの谷口やぐちです。改めてよろしく」


 一番普通の雰囲気の男性は社長さんだったらしい。

 面接先の社長を知らないなんて思われたくないので「もちろん存じております。有名ですから!」と言っておいた。

 この秘密は墓場まで持っていこう。


 りくちゃんを含む面接官の四人は会議があるそうなので、今度こそ会議室を出る。

 頭を下げながらドアを閉めると、背中に人の気配を感じた。


「おつかれー京香ー!どうだったー?京香も受かったー?」


 振り返って最初に声をかけてきた海ちゃんに向けて満面の笑みで拳を突き出す。

 それで理解してくれたのか海ちゃん拳を合わせて「やったじゃん!」と言ってくれた。


「ボ、ボクも受かりましたよ一応...へへへ」


 そう言って控えめに手をあげる冴子ちゃんの手を叩き音を鳴らす。

 歓喜のグータッチとハイタッチだ。

 右手と左手それぞれの先にいる二人が、これから私と一緒にデビューする同期になる。


「折角だから何か食べに行こう!祝杯だー!」


 二人の手を取って歩き出す。

 へへへ、とハニカミながら着いてくる冴子ちゃんと、「ちょっ、恥ずいんですけど...!」と言いながら顔を赤くしている海ちゃん。

 海ちゃんはパンツは大丈夫なのに手を繋ぐのは恥ずかしいらしい。面白い感性だ。

 

 三人で一緒に事務所を出る。

「失礼しましたー!」と元気よく挨拶すると、手を振って見送ってくれた。皆良い人そうだ。

 エレベーターに乗り一階に降りエントランスを出る。

 清掃員の男性には会えなかったけれど、エントランスの警備員さんは変わらず立っていたので「お邪魔しましたー!」と言って手を振った。

 後ろから急に声をかけたからか、少し驚いた顔をしていたので心の中でごめんなさいしておく。



「あ、ワック行きたいワック」


 何を食べようか周辺を見回していると、いつの間にか手が離れていた海ちゃんが全世界で人気のファストフード店を提案してきた。

 ちなみに冴子ちゃんは手を握ったままだ。迷子になってしまいそうな雰囲気をまとっているので暴れないでくれて助かっている。


「いいねー!ワックのシェイクで乾杯しよー!あ、冴子ちゃんもそれでいい?」

「へへへ、ボクにも選択権与えてくれるなんて優しいですね...。ワックならオシャレじゃないのでボクでも入れます、へへ」


 冴子ちゃんは「へへ」と笑うのが癖みたいだ。

 こんなにも上手にヘラヘラと笑うことが出来るのかと感心してしまうほど板についている。


 お昼の三時を過ぎたオフィス街の飲食店は比較的空いている様で、常に並んでいるイメージのあったワックもすぐに買うことができた。

 頼んだバニラのシェイクを待つ間、店員さんが目を丸くして見てきたので、ファンの人かなーと思い手を振ってみる。

 お仕事中に手を振りかえすのは難しかったようで丁寧なお辞儀を返してくれるが、あまり邪魔をしてはいけないとシェイクを受け取り席を探す。

 運良く角の席がいていたのでそこに座ろうとするが、


「えっ?なんでー?そっち狭くなーい?」


 と、海ちゃんが広い方がいいと提案してきた。

 

「よ、陽の者だぁ...」


 冴子ちゃんがそう言っているが、今回は私も冴子ちゃん派である。

 アイドル時代からお店を選ぶときは出来るだけ目立たない位置と決めているのだ。

 面接がある関係で今日は特に変装もしていないし、いつもと違うと言えばこの特攻服くらいだが...ん、特攻服...?


「あぁっ!」


 店内にも関わらず大きな声を出してしまった。


「えー、びっくりしたー。どしたのー?」

「...へへ、何かあったんですか?」


 二人が心配してくれる。


「キャリーケースと着替え置いてきちゃった...合格の喜びですっかり忘れてた...」


 合格したのだからいざとなれば置いたままでもいいが、何よりここ服を着ながら電車に乗って帰宅する勇気はまだ無い。


「それ私服じゃなかったんだー?イカしてるのに」


 海ちゃんには私服だと思われてたみたいだ。期待に添えず申し訳ない。


「へへへ、一旦戻りますか?ボクも付き添いますけど」


 うーん、特攻服を着ていることに気づいてしまった今、ここにいるのも恥ずかしいけれど...


「いや、折角ここまできたんだから沢山お喋りしよ!その後取りに行くから大丈夫!ありがとね?」


 冴子ちゃんの頭を撫でると「へへへ...」と言って浄化されていったのでその反応を見て満足する。

 海ちゃんの頭も撫でてみようかなぁ、という出来心で手を伸ばすと、靴底が厚めのブーツを履いているとは思えないほど俊敏にかわされた。

 顔は少し赤い。

 いつかこっそり撫でようと決意する。


「言っとくけどウチ、京香とタメだから!」

「タメ?」

「そうだよ、タメだよタメ!同い年!20でしょ?」

「海ちゃん同い年なんだ!綺麗だから勝手に年上だと思ってたよ」

「えー?嬉しいけどー、さっきは頭撫でようとしてたじゃんかー」


 あはは、と言って受け流す。

 頭を撫でたくなる衝動に年上も年下も関係ない。

 そのまま視線をずらし、冴子ちゃんを見る。

 海ちゃんも同様だ。


「へへ、どうしたんですかお二人とも...あ、ちなみにボクは15です...へへへ」


 じゅ...じゅう...ご...。

 中学、もしくは高校生じゃないか。

 急に犯罪の匂いがしたので撫でるのを中止すると、冴子ちゃんは寂しそうに私の手を見つめていた。

 捕まってもいいや、とまた撫で始める。


「なんだー、キッズじゃーん」


 そう言ってケタケタ笑う海ちゃんが一番幼く見えるとは言わないでおくけれど、冴子ちゃんも「へへへ、キッズってなんだか可愛い響きですね...へへ」と笑っているので案外相性は良いのかもしれない。


 私達はどんな姿で、どんな名前でデビューするのだろうか。

 今から待ちきれないな、と二人を見て思う。


「とりあえず、合格を祝してカンパーイ!」

「パーイ!」

「へへへ...」


 勢いよく飲んだシェイクの冷たさが、心地良かった。

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