第20話 幼馴染で親友は涙(前編)


「お待たせ、優里」


 正面を向いて小さく丸くなって座りシャワーを頭から浴びている修行僧のような優里の背中に声をかける。

 怯えるように肩が跳ね、元々小さかった後ろ姿が、さらに小さくなった。

 どんどんと小さくなる背中とは対称的に、太ももに押し潰され逃げ場を求めて横に広がった胸が後ろからも見えている。

 やっぱり優里のは大きい。

 

 髪の毛はもう良い感じに濡れているので、早速シャンプーをしてあげよう。

 奥にあるシャンプーを手元に寄せようと手を伸ばす。

 まだ濡れていない私の髪の毛が優里の背中に触れ、さらに大きく肩が跳ねた。

 ここまで一言も話していない優里が心配になり声をかける。


「優里、平気?無理はしないで良いからね?大丈夫そうなら目を閉じて。シャンプーしてあげるから」


 コクコク、と反応があったので生きてはいるようだ。

 手元に寄せたシャンプーを右手にワンプッシュしてから左手に半分ほど移す。

 そこでようやくシャワーを出しっぱなしにしていることに気づいたので、手に付いたシャンプーの液を見ながらどうしようかと頭を悩ませていると、優里が右手を伸ばしバタバタとしていた。


「どうしたの?あ、シャワー止めようとしてくれてるの?」


 コクコク、と先ほどと同様の反応が返ってくる。

 目を閉じて、と言ってから律儀に守り続けているようだ。


「えっと、もう少し右…!…行き過ぎ!…あ、その辺!」


 トン、という音と共にシャワーが止まる。

 ぎこちない動きの優里を見ていると、目隠しされた人を操るスイカ割りみたいだ。

 去年の夏に優里と行った海の記憶が呼び起こされる。今年も行けたら良い。


「それじゃあ、いくね?」


 コクリ、と今度の返事は一回だった。

 両手を頭の上に乗せる。

 優しく指のお腹の部分で揉み込んでいく。

 程よく泡立ってきたので撫でるように頭の上を滑らせ泡を広げると、先ほどまで強張っていた優里の体が少しリラックスしたように感じた。


「おかゆいところはありますかー?」


 美容師さんの真似をして聞いてみると、ブンブン、と頭を横に振るので泡が少し飛んだ。

 優里は美容師さんと会話しないタイプなのかもしれない。


 一通り洗い終え、最後にもう一度痒いところを聞いたけど、また泡が飛んだだけだった。

 シャワーヘッドを右手に持ち、左手でレバーをあげてお湯を出す。

 先ほどはシャンプーの液のせいで触れなかったけれど今は洗い流すだけなので私でも出来る。

 左手を再び頭の上に乗せ、シャワーのお湯を当てる。

 流れていく泡を見ていると、一仕事終えた気分だった。


「気持ちよかった?」


 コクコク、と反応をくれるけれど、これじゃあ美容師さんも困っちゃうよ。



 シャンプーの後はコンディショナーによるケアも丁寧にやり、美容師としての役割は終えた。

 結局、私が美容師をやっている間一言も発することのなかった優里だったが、ようやく口を開いた。


「体は、自分で、する、から、大丈夫」


 カタコトの優里さんは何故か未だに目を閉じている。


「分かった。でも湯船は一緒に入ろうね?先に洗い終わっても待っててね」

「…ん」


 それならその間に私も髪を洗ってしまおう。その後にコンディショナーして、洗顔はお風呂出てからにしようかな。

 シャンプーに手を伸ばそうとしていると、全く動かない優里さんが見えて動きを止める。


「目、開けて良いんだよ?」


 頭を横に振る。今度は水が飛んできた。


「それは、だめ」

「だめなんだぁ。でも私は見ちゃってるけど良いの?」

「それは、別にいい」

「いいんだぁ」


 優里の基準は分からないけれど、ボディソープが必要だと思い手渡す。

 どうやら正解だったようで、目を閉じながら体を洗い始めた。タオルは使わないタイプらしい。

 素手の方が肌に優しいと聞いてからは私も素手で洗っているが、背中だけ届かないのでタオルを使っている。

 優里は軽々と背中まで手が回っているので柔らかいんだなぁ、と感心した。



 シャンプーとコンディショナーを終えた私の前に、全身真っ白な優里が立っているので、シャワーで洗い流してあげる。

 相変わらず目は閉じたままだ。


「優里、お願いがあるんだけど背中洗ってくれないかな?」

「っ!?た、タオル!タオル越しなら良いよ?」

「タオルなら自分でできるから大丈夫だよ。私背中まで手が届かないからさ、ね?お願い」

「うっ…で、でも…」


 必殺のあざといおねだりも、今の優里は目を閉じているので効果が半減だ。ここは作戦を変えよう。


「そっかぁ…そんなに嫌?」


 罪悪感を刺激する反則スレスレのラフプレーである。元々ルールなんてないけれど。


「嫌、とかじゃないよ…うー、分かった。洗う!はい、ボディソープ貸して!目は開けないし、どうなっても知らないから!」


 覚悟を決めたのかヤケクソになったのか、急に元気になった優里が手のひらを上にして待っている。

 その上にボディソープを出し、背中を向けて手を導く。

 恐る恐るといった様子で背中を洗う手がくすぐったくて、思わず笑ってしまいそうだった。先ほどの威勢は一瞬で消え去ってしまったらしい。

 

 優里が背中を洗ってくれる間に全て洗い終えていたので、一通り終わって洗い流す。

 やっと終わったと安堵している優里は、この後の一緒に入浴については忘れてしまっているのだろう。


 私にとっての一緒にお風呂は、むしろここからが本番だ。

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