第17話 幼馴染で大切な人は電話
京香と何日も遊んでいない。
前回遊んだのがライブの日、もう三週間以上前になる。
あの夜はメアちゃんもいて、私よりメアちゃんの方が頭を撫でられる数が多かったから、電車の中ではつい甘えてしまった。
優しく撫でられた頭の感触だけ鮮明で、その時何を話したか、何も話していないのかは覚えていない。
たったそれだけで心まで暖かくしてしまう京香の手は凄いなぁ、とそんなことを思った気がする。
そこから三週間後の今日は日曜日。
ぼーっと、時を無駄遣いしていても、今は心に罪悪感すらない。つまるところ、京香不足でやる気がなんにも起きない。ということだ。
大学では全部の授業が一緒なので話す機会も多くいつも通りなのだが、肝心の二人きりの時間が足りていない。
別に二人きりになったからといって特別な行動をするわけでもないのだけれど、二人きりで同じ時間を過ごすという私にとって何よりも特別な生きがいだ。
最近の京香は大学後も忙しそうにすぐ帰宅してしまうし、授業のない土日なら、と誘ってもごめん用事があると断られてしまう。
このままだと面倒くさい彼女の
彼女…ま、まぁ私はそんな風な関係になりたいなんて言ってないし思ってもないけど?
逆に京香からの申し出があればというか?どうしてもというなら?受け入れても良いかなぁ?みたいに思ってはいるけど?
…なりたい。姫野京香の彼女になりたい。
あまりの京香不足で頭の中が騒ぎ出す。
告白して、付き合って、キスをして、その先まで妄想してみるけれど、虚しいだけだった。
毎日している配信も、京香との時間が楽しいから頑張れている。
授業中の静かな教室では気軽に話す事もできないし、そもそも京香は寝てしまう。
唯一の楽しみはお昼の学食だけで、そんな短い時間では満足できないくらい私は飢えていた。
京香は今何をしているんだろう?
最後にメッセージを送ったのは昨日の土曜日で、遊びに行こうという私のメッセージに「面接があるからごめんー!時間できたら誘うから待ってて」という返事が返ってきていて、最後に私の「うん」で終わっている。
本当はもっと明るく「りょーかい!」だとか「わかったー!面接頑張ってー」とか「また誘うねー」とか、いくらでもあったはずなのに、たった三週間遊べていないだけで私の心は砕けて散ってしまったらしく、たった二文字の可愛げのない返事しか返せなかった。
今日は配信の気分じゃないなぁ、とベッドに飛び込み仰向けになる。
天井のシミでも数えようかと目を凝らすけれど、真っ白で綺麗な天井が見えるだけですぐにやめた。
もう寝てしまおう。
うつ伏せになり目を閉じかけると、机の上に置いておいたスマホが鳴った。
ビーチフラッグのように両腕と背筋を駆使し、勢いよくベッドから飛び出した私は、左足の小指を机の足にぶつけながらスマホを手に取る。
京香からの着信だ。
本当は転げ回るくらい足が痛いが、咳払いをして気合いで吹き飛ばす。
待ち人来たる。もし今おみくじを引いたらそう書かれているに違いない。
浮かれた心を押しつぶし、震える手を静めながら通話ボタンを押す。
「あ、もしもし優里〜!今大丈夫?」
「きょうかぁ〜…」
京香の声だ。耳元から聞こえる。
足の痛みと嬉しさで泣きそうな情けない声になってしまったが、そんなことどうでもいい。
今ならなんでもできる気がする。
たった数秒前まで再起不能だと思われた心も、あっという間に完全復活だ。
「えっ!泣いてるの?誰だ、私の優里を泣かせたのは。…って私か。…寂しくさせてごめんね?」
「んあっ!いやいや、今机の足に小指ぶつけて痛がってただけだよ。大丈夫大丈夫。何かあったー?」
なんだか急に恥ずかしくなって、涙声の責任を全て痛みに押し付けた。うんうん、嘘じゃない、嘘じゃない。
「うわぁ、痛いやつだ。お大事に〜。何かあったというか…優里と全然遊べなくて寂しかったから電話かけちゃった!」
…私の幼馴染が可愛すぎてツラい。
「あはは、本当は私も寂しかったよ〜。色々忙しかったみたいだけどもう大丈夫なの?面接?があるとか言ってたけど、バイトとか?」
冷静に、あくまで友人らしく聞こえるように寂しいと口にしたけれどバレていないと良い。
それからここ最近気になっていたことを聞いてみると、京香は「んー…」と考え込んでいた。
聞いたらまずい内容だっただろうか。またすぐに不安になる。
「えっと、まだ秘密!そのうち言うから待っててね!きっと優里驚くよ!」
そう言う京香の口調は明るいので、悪いニュースではなさそうだ。一安心する。
京香の一言一言に感情が揺さぶられすぎていて、これが好きってことかぁと納得する。
いやまだ好きとは認めていないけど。
それにしても私に秘密の面接ってなんだろう?危ないお店のバイト面接とかじゃなければ良いけれど。
もしそうなら確かに驚くけど、お金が欲しいだけなら私の全財産を渡してでも止めようと思う。
「あっ、ちなみにバイトとかじゃないよ。…ん?やっぱりバイトなのかな?とにかく危ない面接ではないから安心してね!」
「そっか…ん、それなら楽しみにしてる!」
私の心を読んでいるかのように京香が付け加える。
危なくないと京香が言うのだから私はそれを信じるだけだ。楽しみに待とう。
それよりも今は、
「…ねぇ京香、明日は授業だけど午後からだよね?」
「え?うん、そうだよ?」
「今から何か予定あったりしますか?」
「あ、今日はダンスの日だよ」
「…そっか、日曜日だもんね。そりゃそうだ。そうかそうか。うんうん。確かにね。なるほど…」
思い切ってお泊まりに誘おうと思ったけれど出鼻を
毎週日曜日は必ずダンスに行くのが決まってるのに。
浮かれた天気に雨が降り注ぐように、急激に心が冷えていくのを感じる。
「…ふふ、今日泊まりに行くね?」
お天気雨の後には綺麗な虹が架かる。
心の中の虹を京香と手を繋いで渡ってみても、この虹は力強く崩れる気がしない。
「…ん、嬉しい。じゃあ…待ってるね」
「うん!それじゃあまた後で〜!」
スマホを耳元から離す。
自分から切るのが苦手な私は京香が切るまで待つ。
二秒、三秒…今日はいつもより長いな。
「…優里さーん、いますかー?」
「なっ、なに?」
遠ざけていたスマホから私を呼ぶ声がしたのですぐに戻す。
なんだろう?
「…今日は覚悟しておいてね?」
何を。そう聞く前に電話が切れた。
なんだかよく分からないけど今日は覚悟をしなくてはいけないらしい。
愛用のゲーミングチェアに腰掛け、パソコンの電源を入れる。プリンセス・ナイトの時間だ。
今日は話したいことが山ほどあるけれど、京香が来るまでに終わらせよう。
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