第16話 幼馴染で親友は改めて凄い


 ライブスターズでアイドルになる。

 私のやりたいことが決まった日から、オーディションにあたり色々と調べてきた。

 今日は土曜日なので人が多いこの秋葉原に何をしに来たかと言えば、


「すみません、私あんまり詳しくないのですが、配信にオススメのパソコンとかって分かりますか?」


 隣で同じようにパソコンを見比べている美人のお姉さんに声をかける。

 そう、目的はパソコンだ。


 ライブスターズのオーディションは配信未経験でも何らかの芸能活動をしていれば良い、と書いてあったので月曜日にすぐ動画を撮って応募しておいた。

 アイドル時代にファンがよく着ていたもので、背中に大きく「姫野京香命」と書かれた特攻服を着ながら髪型オールバックのレディース番長スタイルで撮ってみたところ、応募から二週間ほど経った後に連絡があり、どうやら二次選考に進めたらしい。

 志望動機にも書いた「てっぺん取りにきた」というインパクト重視の作戦が上手くいったみたいだ。

 あとは普通にアイドルとして我ながら有名だったことも影響しているのだろう。

 二次選考は面接ということだったので、得意分野だ。

 即興ダンスも即興替え歌も何でも出来るし、言われれば何でもやるぞというスタンスで挑めば怖いものはない。

 それでも一次の書類と動画応募から、動画編集のやり方など全く分からないという問題も出て来た。

 vtuberの基本は現在ライブ配信が主流となっていてそこまで必要ではないらしいが、ライブスターズの原点であるりくちゃんも最初の頃は動画投稿がメインみたいだったので私もやってみたいと思った。


 先ほど質問をした隣の美人さんが驚いた様子で固まっているので、いきなりお客さんに声をかけるのはやっぱり変だったかな。


「…姫野京香」


 どうやら美人さんは私のことを知っているらしい。声の透き通った人だなぁ。なんだか聞いたことある気もする。


「あ、そうです姫野です!お姉さんのように綺麗な人が知っていてくれて嬉しいです!友人が配信をしているので私もやりたいなと思って今日見に来たんですけど、機械音痴でよく分からなくて…。あっ、ちなみに友人には内緒で来てます」

 

 よく考えてみればりくちゃんに相談するという手もあったけど、連絡先を知らない。

 最近ダンススタジオで会う時は一緒に踊って楽しんでいるだけなのでつい忘れてしまっていた。


 美人さんは何か思い出すように目を閉じたあと「…なるほど」と言い、説明を始める。


「…配信と言っても色々。…ダンスを踊ったり歌を歌うだけなら…そこまでのスペックはいらない。…ゲームとか…動画編集とかするなら…ハイスペックの方がいい」

「なるほどなるほど〜。そしたらハイスペックのやつが良いですね!」


 私が答えると体は並んでいるパソコンに向いたまま首だけグリンと回してこちらを見てきた。

 スーパーモデル体型の美人が首だけ違う方を向いているというのはなかなか恐ろしいもので、美人さんの凍てつくような目力も相まって何かに目覚めそうになってしまう。


「…わかった。…それならこれと…市販のものでも良いけど…自作でも結構簡単に作れる…やってみたら良いと思う。…オススメは全部教える。…というより…私が使ってるの…丸ごと教える。…予算は?」

「えっ!いいんですか?嬉しいです!予算は、よく分からないですけど百万円くらい?ですかね?ごめんなさい、相場が分からないです」


 美人さんは氷のような外見から想像できないほど優しく、ついでにかなりのパソコンマニアでもあるみたいだ。

 百万円という数字を聞いた瞬間「…最高級の物を作れる」と口角を上げていたので、もしかしたら多過ぎたのかもしれない。

 アイドル時代に稼いだお金は使い所に困るほどあるので、こういったこの先も自分のやりたいことに関わるところで使うのが一番良いだろう。



 結局美人さんが使っているのを丸々真似することにした。

 配信用のマイクやら、その他便利な周辺機器はネットの方がいいと言っていたので言われた通りのものをその場で注文する。

 グラボ?という一番高い部品だけ美人さんより一段階上の物を使うことになったが、おそらくパソコンに詳しい人からしたら想像できないほどのハイスペックだと思う。

 私に使いこなせるだろうか。とにかく帰ったら頑張って組み立ててみよう。



「今日は色々と付き合ってくれて本当にありがとうございました!何かお礼をしたいですけど、何して欲しいですか?なんでもしますよ!」


 一通りの買い物を終えた私達は、秋葉原のとあるメイド喫茶で優雅にお嬢様していた。

 せっかくなので何か食べませんか?と聞いたところここに連れられたので、おそらく常連なのだろう。

 メイド喫茶でお茶を飲む氷の美人。…良いかもしれない。

 向かっている最中名前を聞いたら「…つき」と答えてくれた。月さん、見た目の通り儚い名前だ。


「…なんでも…なら…チェキ撮る」

「チェキ、ですか?そんなのいくらでも撮りますよ!どこで撮りますか?」

「…ここ。…ちょうど良い…知り合い呼んでくる」


 メイド喫茶のチェキを勝手に使っても良いのだろうか?

 メイドさんとの思い出に写真を撮りたいという人の為のものだと思うけど。

 と、考えていたら奥から月さんに連れられて一人のメイドさんがやってきた。


「ちょっと…!なんで私がツッキーと撮らなきゃいけないの…よ…って…ひ、姫野京香ぁあああああああ!うわぁああああああ!」


 文句を言いながら月さんに連れられてやってきたツインテールのメイドさんは、私を見るなり叫び出してしまった。

 壮絶な絶叫で、周りの目もあるので少し恥ずかしいなと思っていると、横から月さんに口を鷲掴みにされた。


「…うるさい…迷惑…すみれはもう少し落ち着くべき…」

「ご、ごべんばぶぁい…」


 胸のネームプレートに「すみれきゅん♡」と書かれたツインテールのメイドさんことすみれきゅんは、謝りながらも興奮冷めやらぬという表情で私を見続けている。


「あの…すみれきゅんってもしかして私のファンだったりしましたか?」

「わ、私の名前呼んだぁあああ!姫野京香が!!私の!!!うわぁああ!!」

「…うるさい…もういい…早くカメラ貸して。姫野…さん…ごめんなさい…この子は大のアイドル好きで…」


 なんだか物凄いテンションのすみれきゅんに呆れながら、その手にあるチェキ用のカメラを奪う月さん。

 そうかそうか、少し騒がしいメイドさんだけど私のファンなら仕方ないね。でも他のお客さんには迷惑かけないでほしいなぁ。


「すみれきゅん、静かに出来たら一緒にチェキ撮ってあげるよ?ね、良い子にできる?」

「…っ!!!????…!…!…!」


 必殺のアイドルスマイルとアイドルウインクをすみれきゅんに放つと静かになった。

 嘘みたいに激しく頷くせいで、見た目には騒がしさが残っているけど。

 


 結局、月さんとすみれきゅんのそれぞれと、最後に三人でチェキを撮ってからオムライスを食べてお店を出た。

 月さんに「…分からないことがあったらいつでも聞いて」と言われ連絡先の交換をする。

 それをお見送りに来ていたすみれきゅんが物凄い形相で見ていたが、私はアイドルと繋がろうとするファンの人は苦手だし、メイドさんと繋がろうとするご主人様も苦手なので勘弁してもらおう。

 月さんとの別れ際に「…頑張って」と言われた。


 こうして、優しい美人の月さんと変なメイドのすみれきゅんとの愉快な休日は終わりを告げる。

 それでも帰ってからやるべきパソコン関係のことを思い出すと今から頭が痛い。


 優里もこの難しいパソコン知識を乗り越えてvtuberになったのだろうか。

 素直に尊敬する。

 私はすぐに月さんに助けを求めることになりそうだ。

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