第11話 幼馴染で親友はこの後待ち合わせ(後編)


 平均4分の曲を24曲。約一時間半かかったが、ぶっ通しで持ち歌を踊り終えた。

 自動販売機で買ってきていた水を飲み、その場で座る。

 横を見て、私は相当集中していたらしいと気付く。

 同じように集中し、先ほどよりも大量の汗をズボンにまで染み込ませた女性がまだ踊っていた。

 沢山踊っていることで髪の毛は乱れており、そんな髪の毛でさえ魅力的なお姉さん。

 私はこれ以上は踊れそうにないので、体力勝負でこの人に負けたなぁ、と感じる。

 途中で休憩していた可能性もあると負け惜しみをしたいが、濡れたズボンがそれを否定する。

 これだけ踊っていながらその表情は明るく、笑顔を絶やさない。

 最初にチラッと見ただけだが、同じ振り付けでもキレが増しているのを感じる。

 ん?同じ振り付け?

 その疑問はイヤホンを外してすぐに解消された。

 相変わらずイヤホンの挿し忘れで漏れ聞こえてきたのは元気で明るい歌声、最初に聴いた曲だ。

 この人多分、ずっと同じ曲を練習している。

 曲が終わっても数秒後に最初から曲が始まり、また踊り始める、この繰り返しだ。

 気付けば着替えるのも忘れて、その踊りをずっと見ていた。



 あれから一時間ほど経っただろうか。

 この曲を知らない私でさえ完璧だと思える最高のダンスをしたお姉さんは、これまでで一番の笑顔を見せると、大きな息を吐いて床にお尻をついた。

 私は立ち上がり、拍手と共に大きな賞賛で彼女の元に向かう。


「とっても素敵でした。最高のダンスを見せてくれてありがとうございます」


 お姉さんはこちらを見ると、どうやら私を知っていたようで、口をパクパクと動かす。

 さっきまでのカッコいい姿とは違う、可愛らしい表情だった。


「先ほどの曲は持ち歌ですか?とても良いなと感じたので、もし良ければ曲名を教えて欲しいです」


 お姉さんはしばらく目をパチクリとさせた後、ようやく落ち着いたようで口を開く。


「えっと、言いたいことが色々あって混乱してるけど、とりあえずダンス褒めてくれてこちらこそありがとう!とっても嬉しいです!」


 お姉さんは笑顔を見せる。太陽のように明るい笑顔だ。


「それから純粋な疑問なんですけど、先ほどの曲って言ってましたよね?それってダンスを見ただけで良い曲だって思ったんですか?」


 そうか、彼女はイヤホンが挿さっていなかったことに気づいてないのか。

 ここはちょっぴり恥ずかしい思いをさせてしまうけれど仕方ない。

 イヤホンが挿されておらず、スピーカ状態で垂れ流しだったことを伝えると、彼女は茹でダコのように真っ赤に染め上がった。

 これは一旦落ち着いてもらおうと、鞄に入っていた真っ白で新品のふわふわタオルを渡す。

 そこで自分が汗で全身びちょびちょなことに気付いたのか、さらに赤くなって白目を剥きそうなほどガクガクし始めた。

 これ以上赤くなるのは可哀想なので、とりあえず飲みかけの水を渡し、強引に飲ませた。

 徐々に顔色が戻っていく。ペットボトルの間接キスに気付かれるとまたトリップしてしまいそうなので、早めに話を戻す。


「それで、あの曲は何てタイトルですか?声とイメージ的にはお姉さんの持ち歌なのかなって思ったんですけど」

「あ、あの曲は…えっと…あのー…んー…何と説明して良いのか…んー」


 お姉さんは言い辛いのか、時折頭を悩ませている。


「あ、無理に言わなくても大丈夫ですよ!ごめんなさい、良い曲だなって気になっただけなので!」


 曲名を言うだけでここまで悩むということは何かしらの事情があるのだろう。例えば発表前の新曲であれば、説明はしにくいかもしれない。


「んー…!いや、決めました!教えます!京香ちゃん…あ、姫野さんがそこまで気に入ってくれたことが嬉しかったので!その代わり、今から話すことは他言無用でお願いしますね!」


 どうやら教えてくれるらしい。やはり私のことを知っているみたいだけど、特に他言する気もないので、「はい」と頷く。


「まず、京香ちゃん…あ、姫野さんはvtuberというものを知っていますか?」

「あはは、別に京香ちゃんで大丈夫ですよ。呼びやすいように呼んでください。vtuber…一応知っています。本当につい最近知ったばかりですけど…」


 vtuberという単語がここで飛び出すとは思わなかったので何故かドキッとしてしまった。やましいことは何もないのに。


「あ、知ってるんですね!えへへ、何だか嬉しいです!それで、私はライブスターズというバーチャルアイドルグループに所属していてですね! りくのかね という名前で活動してます!先ほどの歌は、りくのかねデビュー七年記念でお披露目することになる新曲【繋がってるから】です!」


 りくのかね。

 私が知っているvtuberは二人しかいない。一人は勿論ナイトさん。幼馴染の親友だ。

 そしてもう一人、りくのかね。

 ナイトさんを調べる過程で見た、ライブスターズの創設に携わり、vtuber業界にアイドルという概念を持ち込んだ偉大なvtuber。

 チャンネル登録者こそ後輩達に抜かれていったが、彼女がライブスターズのリーダーであり、シンボル。

 私の想像を遥かに越えた大物が、今目の前にいる素敵なお姉さんだという。


「りくのかねさん…ライブスターズ0期生の…!お会いできて光栄です」

「えぇえええ!!知ってくれているんですか!!!嬉しいです!!!私も京香ちゃんのこと知ってます!!!大ファンです!!!握手して良いですか!!!」


 そう言って私の手を握るお姉さん。

 右手がもげるくらいに振り回されて少し痛いけれど、元気に喜んでくれているので嫌な気持ちは全くない。

 

「おっと!京香ちゃんに会えた喜びはとても大きいのですが!同じくらいめでたい事に、今日は後輩で三期生のセイラちゃんが誕生日なんですよ!三期生全員でライブをするみたいなので私はそれを見ます!京香ちゃんも一緒に見ましょう!」


 そう言ってスマホのUtubeを起動するりくのかねさん。

 昨日の配信でナイトさんも告知をしていたので私も見る予定だったが、目の前のお姉さん、りくのかねさんのダンスに夢中になっていたらいつの間にかライブの時間になっていたようだ。

 私も自分のスマホから、Utubeにアクセスする。

 ライブは確かナイトさんの枠じゃなかったと思うのだけど、誰だっただろう。

 自分でも失礼だな、と思うが思い出せなかったので許して欲しい。こっそりとりくのかねさんの画面を盗み見て、ライブの待機画面を確認する。

 待機画面に「東雲セイラ生誕祭3Dライブwith同期!!」と書かれていたのを覚え、検索画面に入力する。

 出てきた配信をタップし、ついでにお詫びの意を込めて東雲さんのチャンネルを登録しておく。東雲セイラさん。うん、覚えた。

 ライブが始まるまで30秒というカウントダウンが表示される。

 横にいる素敵なお姉さんは、ずっとニコニコと楽しそうだ。

 

「あ、私はなんて呼べばいいですか?」

「京香ちゃんが名前呼んでくれるんですか!!えっとえぇっとー、りくちゃんがいいです!!皆そう呼びます!!」


 

 こうして、りくちゃんと見るライブスターズ三期生合同ライブが始まった。

 

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