第10話 幼馴染で親友はこの後待ち合わせ(前編)


 私はこの先、何がしたいのかな。


 カラオケルームで持ち歌を歌い終え、ドリンクバーで入れたメロンソーダをストローで飲みながら、そんなことを考える。

 私はアイドルで、全てをやり切った。

 まだ続けていたら本格的なテレビタレントとして他の道も見えていたかもしれないけれど、後悔なんてない。

 歌うことは好きだ。

 ダンスを踊るのも好きだ。

 ファンの皆に手を振って、喜んで貰うのも好きだ。

 テレビのバラエティ番組に出て体を張るのだって好きだ。

 雑誌のインタビューで好きなスイーツを語るのも、アイドル仲間と休憩時間に話す時間も...全部好きだ。

 それでも「アイドル姫野京香」として生きたことに納得し、満足できたから引退した。


 引退してただの姫野京香になった私は、どう生きたい?


 ずっと、ぼんやりと考えていたこと。

 この答えが見つかった時、何かが少し進むような、そんな予感がする。



 

 一人カラオケが終わり、私はとある雑居ビルに来ていた。

 ここにあるダンススタジオが目的だ。

 週二回のダンスは毎回ここだが、家の最寄り駅からは少し遠い。

 アイドル時代、もっと踊りで魅力を出せないかと先生に相談していたら、先生が代表を務めるこのスタジオで練習をして良いと言われ、個人レッスンを受けたりもした。

 普段はレッスンスタジオとして使われているが、レッスンの無い時間は特に制限もなく、その時間は誰でも自由に使って良いらしい。

 もうアイドルでは無いけれど、踊るのは好きなので今でも利用させて貰っている。

 優里から待ち合わせの連絡も来たので、それまで踊りまくろう。


 馴染みのスタッフさんに挨拶を済ませ、スタジオの前に立つ。

 どうやらまだレッスン中のようで、先生の声が廊下まで少し漏れている。

 スタジオの覗き窓から中を覗くと、鏡に背を向け手拍子をしている先生と、汗で滲んだTシャツと中学校の体育ジャージらしきズボンで踊る一人の女性がいた。

 真剣な目は力強く輝き、流れる汗も眩しい。

 何かに向けて努力しているその姿はとても魅力的で、なんだか羨ましく思った。


 邪魔しちゃ悪い、とスタジオの外でしばらく待っていると、どうやらレッスンが終わったらしく先生が出てきたので挨拶する。


「先生、こんにちは」

「お、京香ちゃん、こんにちは。今日も来たんだね」

「はい、先生。今日も使わせて貰います」


 そのまま軽く雑談していると、レッスン室から大きな声が聞こえてきた。


「せんせー!この後もここで少し練習したいのですがよろしいでしょうかー!」

「ご自由にー!」


 先生が答える。二人ともそんなに大きな声で話さなくても聞こえてると思うのだけど。

 ちなみに先生は二児の母であり、年齢30代後半ながらもバリバリの凄腕ダンス講師として有名だ。

 アイドルの振り付けを考える振り付け師としても大活躍で、私を含め多くのアイドル達がお世話になっている。


 それじゃあ事務仕事残ってるから、と事務所に先生が戻ったので、スタジオに入る。

 中は壁全体が鏡貼りになっており、全方向から自分のダンスを確認出来るように、という先生のこだわりだ。

 今このレッスンスタジオにいるのは私と、靴紐を結び直して気合を入れている先ほどの女性の二人だけ。


「こんにちは、横失礼しますね」

「あ、こんにちは!私こそ横失礼します!」


 挨拶をすると、とても元気な声で返事をしてくれた。先ほど見た真剣で、力強い目だ。

 女性は返事をした後、スマホに繋いだイヤホンを着けてまた踊り始める。

 真剣な顔で踊っているので指摘しにくいが、スマホにイヤホンが挿さっていないのか、普通に歌が聴こえてくる。

 聴いたことのない歌だけど、この明るくて元気な声、多分この女性が歌っているんだろうなぁ。


 着けていたマスクと帽子を取る。

 サイヤイヤでの反省を活かして変装はバッチリだ。

 他の利用者もこれまでの傾向からこの時間帯に来ることはないし、隣の女性も私に気付くこともないほどに集中している。

 もしかしたら単なる私の自惚れで、姫野京香を知らないだけかもしれないけど。


 アイドル時代から愛用しているミュージックプレーヤーとイヤホンを着け、私も自分の歌で、踊り始める。

 デビューしてから引退するまでに出した24曲、今日はこれを全部踊ろう、姫野京香スペシャルだ。


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