第9話 幼馴染で大切な人はてぇてぇ
枕に顔を押し当ててベッドの上でジタバタ。
冷静になった後動きを止めて、またジタバタ。
朝、目が覚めてから一時間はこの繰り返しだ。
昨日の夜のやらかしは私史上最もアホで、後悔と気恥ずかしさが交互に襲ってくるものだから、つい叫び出してしまいそうになる。
何度も枕に顔を押し当てても意味がないことが分かったので、さっさと出かける用意をして気を紛らわせることにする。
今日はライブスターズ三期生合同のライブがある。
三期生の一人、受付のお姉さんこと
チャンネルは東雲姉さんのところで行われるので、昨日の配信ではやらかした八つ当たりにリスナーを切り刻んだ後告知をした。
夕方過ぎからのライブだけれどリハーサルが昼からあるので早めに家を出る。
スタジオは少し遠くの駅だけど、京香がダンスをしているのと同じ駅なのでライブ後の待ち合わせには困らないはずだ。
リハーサル後に京香にメッセージを送っておこう。
「昨日、サイヤイヤで夕ご飯食べてたら姫野京香に会って握手してもらっちゃった!さすがに引退してるし大騒ぎはしないように気を付けたけど、耳元で囁いてくれたしウインクも間近でくらったから死んだかと思ったよ!」
京香は元トップアイドルだ。引退したからと言ってその輝きが消えたわけでもなく、だからこそこういうこともあるんじゃないかと思っていた。
ライブのリハーサル後、本番までの休憩時間で目の前の女の子、もとい受付のお姉さんこと東雲姉さんが興奮気味にそう話す。
三期生は全員仲が良いが、私の友人が姫野京香であることは誰にも言っていない。
事務所内で知っているのは社長やマネージャー、役員など一部の社員さん達だけだ。
なので私に対して言ったわけでもないし、同じ三期生で自称天才魔法使いのスミレさんなんかは興味深々に聞いている。
「姫野京香は何を食べていましたか!!」
「んー、オーラと顔の圧が凄すぎて記憶が朧げだけど、確かフォッカチオを食べてたと思うよ?」
「ふぉっかちおぉおおお…!!!姫野京香とフォッカチオ…て、てぇてぇ…」
てぇてぇが出た。尊いという言葉が派生していつの間にかてぇてぇが主流になっている。
どこをどうしたらてぇてぇになるのかは分からないけれど、確かに京香がモグモグしてると考えるだけでてぇてぇかもしれない。
ちなみにスミレさんは大のアイドル好きなのでテンションが上がっている。きっと食べていたものがフォッカチオじゃなく京香の好きなペペロンチーノでも同じ事を言っていただろう。
それにしても京香の可愛さは老若男女問わず突き刺さるようだ。
「ふ、ふん、姫野京香が可愛いって言ってもどうせ私よ…り…」
「喋るな、動くと切る。動かなくても切る。いや、キル」
「ふぁ、ふぁいぃ〜…」
三期生の最年少、逆張りキッズの女盗賊ことメアの背後に回り首元に手を当てて覗き込むように睨みを効かせると、腰から砕けていった。
私の一つ年下なこともあり優しくしてあげたいが、ライブスターズ屈指の分からせ...もとい弄られ愛されキャラなので、時々こうして躾けてあげることも重要だ。
姫野京香より可愛い人類はいない。メアちゃんも可愛いけれど、どちらかというと子供に対する可愛いねぇに似た感情が先に来るのは、本人の生意気顔のせいだと思う。
「…ナイトが友人以外で切るの珍しい…ひょっとして…ファン?」
三期生の最後の一人、クールビューティーな回復術士ことシャーベット・ムーンさんがこちらを見てくる。
スラリとしたモデル体型で、美人という言葉がよく似合う整った顔のムーンさんに踏まれたいというリスナーが彼女の配信には多く押しかける。
「えっと…あぁ…ファンと言いますか…まぁ…そんなとこです」
先ほどまで腰を抜かしてオロオロとしていたメアちゃんが、言い淀んだ私を弄れる対象発見とばかりにニヤニヤと見てくるので、胸に抱き寄せて窒息させておく。
生意気なくせにウブなメアちゃんは、息苦しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にして沈んでいった。ツーダウン。
「ふふ、相変わらず仲が良いね、二人は」
基本、ファンタジーが三期生のコンセプトだが、三期生のリーダーである東雲姉さんがスーツ姿な為、異世界ファンタジーとして受け入れられている。
受付は受付でもギルドの受付だそうだ。
異世界行ったらなんやかんやあってギルドの受付になっていた件。という初配信は、彼女の得意な即興寸劇で大きな話題を集めていた。
「「別に仲良くない(です)」」
いつの間にかまた復活していた不死身のメアちゃん。
おっとりしているけど時々天然で、年齢の話をすると目が怖くなる東雲姉さん。
フォッカチオでてぇてぇの世界へ旅立ったスミレさん。
今もこちらをじーっと見てくる無表情美人のムーンさん。
そして私、孤高の女騎士(すぐ切る)のプリンセス・ナイト。
三期生五人、今日も元気です。
あ、京香に待ち合わせのメッセージ入れとこ。
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