第7話 幼馴染で親友は面白い


 優里の家での突発お泊まり会を終え、昼頃に帰宅した私はまったりゴロゴロしていた。


 結局昨日は遅くならないうちに、ということで早めに寝た。

 優里のベッドはその家のサイズと合った大きなものなのに、いつも微妙な距離で寝てるからなんとなく腕に抱きついてみた。

 優里は分かりやすくカチコチになってしまったので可愛いなぁ、と思いながら目を閉じると、すぐ寝てしまったので後のことは知らない。

 優里は私を安心させる特殊能力があるに違いない。

 朝起きたら目がバキバキの優里さんがいたので、昨日見た映画よりもホラーだった。配信もしてるんだし身体は大切にね。


 ということで優里の分も元気な私はゴロゴロしているということだ。

 アイドル時代は毎日レッスンやら番組出演やらで、文字通り寝る暇もないほどに大忙しだったが、引退した今はたまにダンスをするかカラオケをするかくらいしかない。

 勉強は試験前に慌ててやり始めるものだ、と義務教育で教わった気がするので今は考えない。

 もう芸能人でもなんでもないので将来の就職の為に何かやっとかないといけないのかなぁ、とぼんやりと考えるけど、考えるだけだ。

 大学二年生という時期は、なんとなくでみんな生きていると思う。うんうん、きっとそうだ。


 スマホを充電器から取り外し、ロック画面を解除する。

 ホーム画面にはスマホを買って貰ったその日に撮った優里とのツーショット。

 画面の向こうで満面の笑みを浮かべて左拳を突き出している私と、アイドルのチェキ会に来たファンみたいにハートの片割れを遠慮がちに私に向けている優里とのギャップがお気に入りだ。

 Utubeを起動し、プリンセス・ナイトさんのチャンネルを開く。

 昨日の続きを見ようかとも思ったが、どうせなら最初から見たいなぁ、と考え直しライブ配信履歴を遡る。読み込み画面が入り、また遡る。

 遡る。

 遡る。

 …さかのぼ…うん、全部は無理だ。

 流石に四年間配信を続けているので、そのアーカイブ量はとんでもないことになっている。

 その分色んな優里の顔や四年間の成長が詰まっているのだと考えると、どれだけ時間がかかっても見たい気持ちもあるけれど、私はリスナーのみんなが知らない目の前の優里を四年間見てきたのでよしとする。

 とは言えこのまま何も知らないのはなんだか悔しい。どこかに面白いシーン集のようなものはないのだろうか。

 プリンセス・ナイト 面白い、で検索をかけてみる。


「あ、びっくりするくらいある」


 ざっと見ただけでも最新のものは数分前にアップロードされているし、再生数が多いものは数百万回も再生されている。

 とりあえず一番再生数が多い動画を再生する。

 動画のタイトルは「何言われても絶対切るプリンセス・ナイト」だ。うん、タイトル見たらわかる、面白いやつ。



 ナイトさんの動画を漁ること早五時間。

 自分では一時間くらいの気持ちでいたから、お腹が鳴ってそろそろお昼ご飯食べようと時計を見て目を疑った。もう夕飯の時間だ。

 これが何かにハマるということなのだとしたら、一日が24時間なんて全く足りてないではないか。

 配信の面白シーンは「切り抜き」としてアップされるらしく、次から次に面白い切り抜きが出てくるので止まらなかった。


 とりあえず面白いナイトさんが悪いということにして、夕飯をどうしようか考える。

 優里パパが作ってくれたオカズは二日前に食べ切ってしまったし、一週間に何回も夕飯のお恵みを貰うのは気が引けてしまう。とはいえ自分で作る気にもなれない。

 

「うーん」


 悩むフリをする。本当はもう決まっている。

 

「サイヤイヤにしよっと」


 全国民から愛される大衆イタリアンレストランに行くことに決め、服を着替える。

 一応街に出かける時はアイドル時代の名残で軽い変装をしているが、引退した私を追いかけ回す記者なんて居ないだろうし気にすることでもないのかもしれない。

 外は暖かくなってきているので帽子もめんどくさいなぁ、と被らずに家を出る。多分大丈夫。うんうん。



「あ、あの、姫野京香さんですよね?ず、ずっとファンでした!よ、よろしければ握手してくださったりなんか…だ、ダメですかね?」


 大丈夫ではなかった。

 休日の夕飯時、家族連れで賑わうサイヤイヤの店内で、隣の席に座る可愛い女性に声をかけられた。

 ちょうどデザートのフォッカチオを食べている。あと数分早ければペペロンチーノを食べていたのでなんとなく恥ずかしい思いをするところだった。

 引退したということを気遣って静かな声で話しかけてくれているが、内心は興奮で叫び出しそうなのが目から伝わる。


「勿論いいですよー」


 ファンサービスは絶対に怠らない。というアイドルのプライドから、思わず丁寧に握手をしてしまったが、私はもうアイドルじゃなかったんだ。

 それでも目の前の可愛い女の子を笑顔に出来たので気分は明るい。

 可愛い女の子と言っても着ている服装の落ち着きから私より年上の気もするけれど可愛いから何でもいい。


「あ、ありがとうございます!この右手は二度と洗いません!」


 いや、できれば毎日洗って欲しいけど。

 アイドル時代でも握手会の度にこういう事を言ってくるファンの人はいたけど、本当に洗ってない人いないよね?大丈夫?信じてるよ?なんだか心配になってきた。


「あははー、毎日洗ってくれたらまた会えた時握手したいなぁ」

「!?!?ぅあっ…!?あ…あらいますぅ〜」


 なんだか溶けて無くなりそうな反応が面白かったので追撃してみる。


「それから…お姉さんにだけ、特別、だからね」


 耳元での囁きとウインクをプレゼントする。


「あぐぁ…!?うっ…どへっ…っだはぁああ」


 どうやら私には人を撃ち抜かれたリアクションにする才能があるのかもしれない。

 フォッカチオを平らげ、いまだに放心状態の女の子に手を振りサイヤイヤを後にする。


「ふふ、可愛かったなぁ」


 私は少しSっ気があるのかもしれない。優里や今の子みたいな可愛い反応を見ると、思わずちょっかいをかけたくなってしまう。思春期の男の子か、と自分にツッコミを入れる。


 帰ったらナイトさんの切り抜きで気になりつつも放置していた「今日の友人集」という動画を見てみよう。

 多分私の話をしているんだろうけど、各一時間の動画が一から九まであったので、もはや想像もつかない。

 どんだけ友人大好きなんだ、ナイトさんは。


 不思議と家に帰る足取りは軽い。

 スキップしても、この心は重力をなくしたみたいに飛んでいって帰ってこないような気がする。


 私たちの関係は、少しずつ変わっていくのかもしれない。


 

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