第5話 幼馴染で大切な人は元トップアイドル


 姫野京香は世界一可愛い。

 アイドルを引退した今でも輝きは失われず、大人の女性としての魅力だけがそこに日々加わっていく。

 正直、大学に入ってからも告白されている姿を見ているし、元アイドルとして頂点にいたのが普通の女の子に戻ると言っても難しいかもしれないとは感じている。

 なぜなら可愛すぎるから。

 それが私、岸宮優里から見た幼馴染の評価だ。


 そんな京香は今シャワーを浴びている。

 一糸纏わぬ姿で身体を晒し、隅々まで洗っているだろう。

 想像しただけで顔が熱くなりそうだったので、すぐに頭を切り変える。

 それにしても「一緒に入る?」なんて冗談でも言わないでほしい。

 さっきから違う事を考えようとする度にその想像が脳内を邪魔する。

 帰らないように引き止めたのは私だし、ホラーを口実に抱きつく、などとリスナー達に大口叩いてはみたものの実行出来なかったチキンも私だ。

 その小さな後悔から帰り際袖を引っ張った。

 別にこの家に京香が泊まるのだって初めてじゃないし、一緒にお風呂だって入ったことはある。お風呂は小さい頃だけど。

 着替えも京香の分もこの家に置いてあるくらいには何回もあった事だ。

 それなら今更何をドギマギしてるんだって話だけど、京香が悪い、としか言えない。

 最近ことあるごとに「可愛い」って言ってくるし、この間なんて頭に手を置いて親指の腹の部分で撫でながら言ってきたものだから、本当に死ぬかと思った。

 頭の神経に全てを持っていかれてたので鮮明に覚えている。

 その日は髪を洗おうかこのまま一生洗わないかをお風呂の中で真剣に悩んだ。流石に洗ったけど。


 大学に入ってからの告白オンパレードで疲れてしまうだろうと思い、元々の長身とショートカットで男っぽいと見られることを活かして彼氏面で京香の隣に居座っている。

 おかげで当初より落ち着いた生活を出来ているが、その分距離は近くなるので私の心は平穏を知らない。毎日暴れ回っている。


 高校入学時、親に頼んで買って貰ったPCで、vtuber事務所に応募した。

 顔出しをせずにお金を稼ぐ方法を探して出たのがvtuberだったからだ。

 高い倍率の人気事務所だと聞いていたから半分無理だろうと思っていたが、幼馴染への愛をひたすら力説する自撮り動画が運営の何かに触れて合格した。

 当時の採用担当で現マネージャー曰く「そこに愛を感じた」らしい。

 そんなこんなでデビューを果たした私だったが、大手事務所ということもあって今では人気vtuberの一人と言って過言ではないのでは?などと自惚れている。上には上がいるが。

 ありがたいことに沢山のスーパーチャットという投げ銭を頂けているので、高校時代はそれをアイドル姫野京香グッズに注ぎ込んでいた。

 いつも遊ぶ部屋にはそれぞれ一つずつのCDだけを飾り、あくまでも友人として応援してますよーという完璧なカモフラージュを施している。

 おかげで未だに姫野京香ガチ勢ということは本人にバレていないし、これから先もバラすつもりはない。

 京香には京香の幸せがあるだろうし、その時に隣にいるのが私じゃなくても良い。

 そう思って大学生活を一緒に過ごしているのに、最近の京香ときたら。


「はぁ」


 溜め息が出る。京香のあほぅ。期待してしまうじゃないか、ワンチャンあるのでは?なんて淡い期待を。

 確かにそのワンチャンに備えてvtuberとしてお金を蓄えている自分もいる。

 京香が引退してからの私のモチベーションの一つが将来の軍資金だ。京香と二人で暮らすための。

 我ながら重い女だとは思うけど「今日の友人」という、配信内で幼馴染のことを語るだけのコーナーが人気が出て、コメント欄が「いけるいける」などと煽るせいで思わずその気になって夢を見てしまっているのだ。

 そういう意味で、配信は良い息抜きとしてなくてはならないものとなっている。

 人生で一番大切なものを聞かれたら「京香」「両親」に次ぐかもしれない。

 恥ずかしいのでリスナーの皆には言わないけれど。



 頭の中でぐちゃぐちゃと考えながら過ごしていると、シャワーを終えお湯に浸かる京香の音がする。


 耳をすます。

 また顔が熱くなってきた。


 この後入るお風呂のお湯を飲まないように気を付けよう。

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