第2話 幼馴染で親友はPCに話しかける


 結局、大学最寄駅の改札で止められてしまい、そういえばどこの駅にも降りていなかったことを思い出した私は、隣駅まで乗って改札を出て、また入り直して最寄駅まで戻るという大幅なタイムロスを喰らってしまった。

 観念して駅員さんに言えば良かったかな、と後悔する。

 時刻は18時を回り、空も暗くなってきている。

 もしかすると優里はもう部屋を片付けてしまったかもしれない。

 ただ、小学校の頃夏休みの宿題を最終日まで溜め込んで私に泣きついていた姿が頭に思い浮かんでいるので、片付けていない予感もする。待ち合わせではいつも時間ギリギリにくるタイプでもある。

 うーん、と悩んだ末、ここは優里のルーズな性格に賭けよう。と、ついでとばかりに駅前のスーパーでお菓子と飲み物を買っていく。

 私は先月に20歳になったが、優里は来月が誕生日のまだギリギリ19歳なのでお酒は買わない。


「そっかぁ、もう来月優里の誕生日かぁ、何あげようかなぁ」


 先月、私の20歳の誕生日には岸宮家が盛大に祝ってくれた。

 その時優里から貰った腕時計はセンス抜群で、とっても気に入り愛用している。

 私も親友からセンスが良いと思われたいし、何よりも優里の喜んだ顔が見たいので、とびっきりの物をプレゼントしたいと考えているけれど、今のところ全く思いついていない。


「まぁ、あとで考えよう」


 そう言ってまた歩き始める私は勿論、夏休みの宿題は最終日に溜め込む派閥だし、集合時間もギリギリに滑り込むポリシーがある。

 現在19時15分。早めに着くように準備をしたはずなのに結局普通の時間になる、私はそういう人間なのだ。

 いくら悩んだところで頭に浮かぶのはこんなくだらない開き直りの言葉なので、優里の家を目指して歩みを早める。

 ホラー映画を借りて持って行こうとしていたことも忘れていたけれど、優里のテレビはネットと繋がっているとかなんとかで、月額で映画を見放題のアプリが入っていたはずだし気にしなくて良かった気がする。

 6年間アイドル以外何も考えず生きてきた弊害か、その間に発展した文明にまだ追いついていない。

 先月の誕生日に優里ママと優里パパからスマートフォンを初めて買ってもらったくらいだ。ガラケーで充分だと思っていた私にとってこの文明開化は凄まじい衝撃で、優里に教わりながらやっとこさ最近使いこなせるようになってきた所だ。

 これ以上はゆっくり覚えないと頭が混乱してしまう。



 十数分ほど歩いた後、目的のマンションの前に着く。

 二重のオートロックに大理石のフローリング、広場の端に流れる謎の滝。エントランスからして無駄にお金がかかっている気がするこの景色も見慣れたものである。

 いつものようにインターホンを押そうとしたが、ふと、その手を止める。


 うん、よく考えたらインターホン鳴らしたら意味ない。

 遠隔でエントランスを開けて、上に来るまでに片付けられるし、最悪玄関前で待たせられる。


 困ったものだと頭を悩ますが、案外簡単に解決策は見つかった。というより思い出した。


「あ、そういえば一人暮らしする時に合鍵渡されてた」


 高級マンションのエントランスで独り言を呟くのはなんだか奇妙だが、一年以上使われていなかった記憶が急に引っ張り出されてきてびっくりしてしまったので許して欲しい。

「インターホン鳴らすから要らないよ」と言ったのだが「一応、いいから、念のため。うん、念のため」と強引に渡された。

 今日が優里の想定していた念の日なのかは分からないけれど、財布のポケットにお守りのように入れられていた鍵を取り出す。

 鍵穴に差し半回転させると、静かな機械音と共にスライドしていく透明なガラス。当たり前だけどこの合鍵は本物らしい。

 続いて二個目のオートロックも解錠し、目的の階へエレベーターで向かう。

 優里の部屋の前に到着し、今日一番の緊張感を迎える。

 ここで大きな音を出さず鍵を開け、静かに移動することが求められる。

 十秒ほどかけて玄関を開け中に忍び込む。緊張で顔が強張る。靴を脱ぐのも鍵を閉めるのも丁寧に時間をかける。泥棒はこんな感じなのだろうか。

 実際私も似たようなことをやっているかもしれないけれど、事前に行くと伝えてあるし合鍵だって渡されている。

 それなのに少し後ろめたい気持ちになるのは、こんな妙なお邪魔しますをしているせいだろう。

 それでも音を立てずに歩みを進める。リビングのドアを開けるが、優里の姿はない。

 いつもの部屋かな、リビングに繋がる部屋のドアノブに手をかける。


「今日の…ったんだ…聞い…」


 後ろの部屋から声がすると思い振り返ると、これまで一年以上来ているこの家で唯一入ったことのない部屋から確かに優里の声が聞こえた。近くへ行き耳をそば立てる。誰かと通話しているのかもしれない。


「お昼ご飯の時なんて酷いんだよ、私に可愛いって言ってきて、そっちの方が可愛いって言ったら慣れたようにありがとーだってさ、ふざけるなよ!って話だよね?」


 …もしかしなくても私の話をしている。しかも怒っているようだ。

 優里の反応が可愛くて言い続けていたけれど、心の底から嫌がっていたのだろう…誰かに愚痴を言いたくなるくらい。

 優里に嫌われているかもしれない。そう考えると今にも走り出して逃げてしまいそうになるが、なんとか踏ん張ってドアをゆっくりと開ける。謝るなら1秒でも早くだ。


「私は本気で言ってんだよぉおおお!世界で一番可愛いのが誰か私は知ってんだよぉおおおお!アンタじゃああああ!うおぉおおおお!」


 …開いたドアから声をかけようとして止まる。そこには今まで聞いたことのない優里の叫び声があった。


「アンタ以上に可愛い人間がいるかってんだーい、ふぉおおおい!」


 初めて後ろ姿だけであまりにもハイなテンションであることが分かる優里に驚きつつも、どうやら怒っているのではなく、何かが凄いといった状態みたいなので安心する。

 嫌われていないなら良かった。

 ここでようやく頭につけたヘッドホンと二台のPCモニターが目に入った。

 壁にはアイドルのレコーディングでも見た吸音材が貼られ、顔の前にあるコンデンサーマイクがある。

 この景色にピンと来る。

 先月スマホを買ってもらい、使いこなせるようになっていく中で知った一般の人が自由に動画を投稿したり配信したりできるUtube。

 

 そしてUtubeで活動し、収益を得て生きている通称Utuber。


 そうだ、きっと私の親友はUtuberなんだ。

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