2. 宮殿にて
宮殿に到着し、今は皇帝陛下のおわす座の間へ向かっている。
この時点でもう疲れた。
出奔した大魔術師がふたたび宮殿内を闊歩しているので、好奇だったり、疑念だったり、侮蔑だったり、そういった色んな感情をはらんだ目線があちこちから向けられるのだ。
あとそういう目線があちこちから飛んでくるのには、チャタグが私の首にくくりつけた紐にも多大に原因がある、とも付け加えておこう。
というか八割がたこれのせいなんじゃないか。
とそういうのはさておいて。
「ねえチャタグ、私の出向命令状の読み上げの時、「ヴェヤカルマグ七世」って言ってたけど、アルタケーナグはどうしたの?代替わり?」
「あなたねえ、前皇帝陛下を恐れ多くも呼び捨てにするとか、兵に聞かれてたら即拘束からの斬首になってもおかしくないわよ…普通はね」
「問題ない。拘束される前に突破して逃げおおせる自信はあるし。というか、その言い方だとやっぱりなんかあったみたいだね」
「あったあった。というかカシャ、あなた知らない?アルタケーナグ前皇帝陛下の不祥事とそれに伴う退位騒動。かなりの大事件だったし、帝都と宮殿はてんやわんやだったんだけど」
「知らないよ………どれくらい前なの、それ」
「5年前かな」
「ああ、じゃあ知らないわけだ。そのころは沼と荒地の国の拠点にこもってずっと研究してたから」
「はあ………にしても帝国に関する事件くらい耳に入れといてよね………」
無茶を言う。遠方にいながら興味ない情報を仕入れる余裕なんかないし、そんなこと余裕があってもやらない。
不祥事に伴う退位と言っていたが、皇帝の権力があれば大抵の不祥事はもみ消すことができるはずだ、というかアルタケーナグはしょっちゅうやってた。
だから、不祥事がバレて皇帝が退位まで追い込まれたということは何かしらの政治的な闘争があったと見るべきだろう。
宮殿のこういうところも嫌だから出奔したのだが、また戻ってくるはめになるとは考えもしなかった。
「んで、アルタケーナグの不祥事を暴いて退位まで持ち込んだ当時の七世殿下が皇帝の座についたと。何やらかしたの、アイツ」
「ついにアイツ呼ばわりし始めたなこの子……… まあいいか。あの方、前皇帝陛下は、この国の命全てを「捧げ物」にしようとしたの。そのために禁呪は使おうとするわ、ご禁制の魔術薬を調合するわで、それを子飼いの魔術師たちにやらせてたのね」
「ふうん。真っ黒だなあ。で、そのときチャタグはどっちだったの」
「どっちっていうのは、前皇帝陛下派か七世陛下派かってこと?」
「そう」
「私、政争が起こり始めた頃は中立だったんだ。七世陛下って色んな意味でギラギラしてる方だからさ、そのときも野心満々で難癖つけて、前皇帝陛下を引きずり下ろそうとしてるもんだと思ってた。アルタケーナグ…様も色々と悪いことやってはもみ消してるような方だったし、そっちにつく気もさらさらなかったよ」
「でも今、皇帝陛下の命を受けて動く立場にいるってことは、途中で七世陛下の方についたんでしょ。何があってそうなったの」
「あはは、まあ、あの時の七世陛下から前皇帝陛下の不祥事を調査してみないかってお声がかかってね、で、いろいろ調べてくうちにこれは流石にダメだと思って七世陛下の方についたの」
「なるほどね。というかさっき「捧げ物」って妙に宗教くさいワードが出て来たけど、もしかして」
「そ、十中八九「
私は気づいていなかったが、話している間に座の間の扉の前まで来ていたようだ。
「ん、ありがと。どうせこの後対策会議みたいのやるんでしょ。またあとでね」
「はいはーい。くれぐれもできるだけ失礼のないようにね」
———座の間。
目の前の玉座には短い黒髪の、立派な髭を生やした偉丈夫が、ゼーリディグ皇族に代々伝わる外套を羽織り、傲岸不遜に座している。
これが当代の帝国皇帝、ヴェヤカルマグ七世・ハル-インナハグ・ゼーリディグだろう。
右手に携えた槍と、豪華絢爛な玉座、その玉座の上方にかかったゼーリディグ家の紋章を記した垂れ幕が彼の威厳を引き立てていた。
まあ私には威厳とかどうでもいいが。
ともあれ、形式的な挨拶はしておく。
「ヴェヤカルマグ七世・ハル-インナハグ・ゼーリディグ陛下。召喚の命に応じ御前に参上いたしました。恐れ多くも大魔術師の号を賜っております、ラリヨグ・リヤ-エラム・ヴァイユーグでございます」
「おう、来たか」
あれ?なんかフランクな喋り方じゃないか、この陛下。
「今、巷を騒がせている新興教団「
「ああ。だがその前に、その回りくどい喋り方はいい。面倒だ。これ以上それを続けるなら投獄する」
無茶苦茶なことを言う。
まあ普通に喋る方が私も楽なので、いいけど。
「はあ。じゃあ普通に喋らせてもらいますが」
「ははは!こう言うてそこまで切り替えが早くできる奴は中々おらなんだぞ!中々見所があるな、お前」
「はあ………」
なんなんだこの皇帝陛下………。
「で、大魔術師ラリヨグ・リヤ-エラム・ヴァイユーグだったか。お前を呼んだのはあの忌々しい「
「は?」
単純明快だ。
単純明快にめちゃくちゃ面倒くさい事案を押し付けるつもりだ、この人。
「理由をお聞かせ願えますか」
「お前、禁呪の研究もやっておるだろ」
何で知ってる。
いや、別にそれ自体は知られていてもいい。
問題は法に触れる方の研究が把握されていた場合だ。
けど、そっちのほうは大陸各地のセーフハウスに厳重なセキュリティを施して分散させているので、把握されている心配はしなくていいだろう。
「ええまあ。ですが禁呪の研究者などいくらでもいるでしょう。それこそヴァイヤ大学とか頼ってみたらどうです? 私の発表した論文を調べていただけたらわかると思いますけど、多分禁呪の分野で私より大きな成果を出してる魔術士が結構いますよ」
と必死に反論すると、皇帝陛下はニヤリと笑った。
これはまずいかもしれない。
「合法的な研究に限れば、な。各地に調査隊を派遣してお前のセーフハウスを調べさせてもらったが、違法なやつもわんさか出て来たぞ。精神支配だの、蘇生術の簡易化だの、魂縛だの、超広域破壊魔術だの………むしろ合法的な研究の論文より多いのではないか」
と、陛下は控えていた兵から受け取った紙束を見て言った。
なんでセーフハウスの場所がバレてる挙句論文の現物まで持ってこられてるんだ。
「は、は………うまく隠しておいたはずなんですけどねえ………」
余裕な感じの台詞を吐いたが、冷や汗は出ているし、口元は引きつっている。
というか私の不可視魔術と防護魔術を完全に破れる人間なんて世界広しと言えども一人しか心当たりがない。
と思ったところで皇帝は私の考えを見透かしたかのように言った
「ちなみに調査隊の指揮権はチャタグに委任した」
「クソが!!!」
やっぱりアイツだった。
全部知ってたんじゃないか。
次会ったら顔が5倍に腫れるまで殴ってやろう。
肉弾戦だと多分私が負けるけど。
でも、ここで私を罵倒して兵に拘束させようとしないあたり、この件に関しては不問にしてくれるということだろう。命令を断るという選択肢がなくなっただけで。
チャタグとの会話では兵を突破して逃げ切る自信があるとは言ったが、帝国に指名手配されて各地を逃げ回るなんて面倒なことはしたくないのだ。
「はあ……… わかりました。で、たぶん今回の件には違法な方の禁呪の知識が必要なんですよね?」
「ははは、物分かりがよいな。そうだ。具体的に言うと魂縛とラザの黒炎についての詳細な知識が要る。となれば、第一人者はお前だろう」
全く反論の余地のない理屈だ。
そして断ればこの場で拘束しようとしてくるだろう。退路も絶たれている。
野心で満ちた蛮族みたいな皇帝かと思っていたら、中々頭の回る御仁だったようだ。
こうして、私は新興教団「
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