ファサハ救世物語
@yaqut_azraq
1. 皇帝からの出向命令
ここ最近帝都を騒がせている噂がある。
不穏な動きを見せている新興教団のことだ。
人前に一切姿を見せない謎の人物を教祖に据えて奇跡とやらを起こし、人々の心を掴んで信徒を増やしているらしい。
教祖の使う「奇跡」とやらは最早魔術ではなくこの世の理を書き換える「魔法」に匹敵する、と言われているが、胡散臭いことこの上ない。
そいつらは自分たちをただ「
そういう噂があることも起因してか今日は帝都の商業地区も一段と騒がしかった。
寄る店寄る店その話でもちきりだし、私も店主からそういった
そんなどうでもいい話を死ぬほど浴びせられて疲労困憊になりつつも、重たい荷物を片手に帰路についている。
私の家は帝都の城壁の外、リガヤハ湖の湖畔にある。
昔は宮仕えの魔術師をやっていて城壁内に住んでいたのだが、ある事件を経て全てが嫌になりなにもかもを投げ出して今の家に移り住んだ。
だから今回の噂についても死ぬほどどうでもいいし、受動的に補足する情報以外取り入れるつもりもない。
昔の伝手で宮殿からその件の捜査で呼び出しがあったとして、わざわざ出向くなんてもってのほかだ。
私は最早世俗のことについて一切関わる気がなかった。
———なかったのだが。
湖畔のわが家にたどり着いてみると、家の前にいかめしい鎧を着た一団がいた。
皆一様に兜はなく、フードを垂らしているので、魔術戦士隊だろう。
剣と短杖を腰から下げ、私の家の前で待機している。
よし、逃げよう。
隠れ家に逃げて四ヶ月ほど身を隠そう。
そう思って踵を返した時だった。
私の姿を認めたのか、一団の隊長らしき人物がこちらに走り寄ってきた。
「おーい!そこの者!待て!」
思ったより相手の足が早かったので、転移の魔術結晶を起動させようと懐中に手を伸ばしたが、転移魔術を使おうというアイデアが浮かんだのはあちらの方が早かったようで、私を追いかけてきていたその人物はいきなり私の目の前に現れ、懐中に入れていた手はしっかりと掴まれてしまった。
魔術戦士隊の正式装備の籠手は封魔の籠手だ。
手のひら部分に刻まれた魔術陣を対象に触れさせると、人体の魔力の流れを完全に止めてしまう。
私が宮仕えの頃に開発したものだ。
こんなところで我が子に牙を剥かれるとは思っていなかった。
それでわたしを制止した隊長だが、こいつ、見たことがある。
見たことがあるというか、ヴァイヤ魔術大学の頃の同期だし、なんなら他の学徒より親しい関係にあった。
種族は
私を引っ張り出すのに適任だと判断され、派遣されてきたか。
そんなことを考えていると、目の前のそいつがムッとした顔で言って来た。
「カシャ!なんで逃げるの!」
カシャとは彼女がつけた私のあだ名だ。
私の本名はラリヨグ・リヤ-エラム・ヴァイユーグだと何度言っても聞かない。
カシャは古代耳長族の言葉で「刀」を意味するが、大学時代の私が刀みたく触れるもの全て傷つけているように見えた………らしい。
「そりゃ逃げるでしょ。家の前に謎の鎧集団はいるし、その隊長らしき奴が追いかけてくるし」
「追いかけたのは逃げたから!」
「だから………いや、いい。何の用で来たの。おおかた予想はつくけど」
「だったら話は早い………ごほん」
チャタグは咳払いをして、一拍置いてから何かの書類を取り出して仰々しく言った。
「カシャ………じゃなかった。大魔術師ラリヨグ・リヤ-エラム・ヴァイユーグ!貴君は第32代皇帝、ヴェヤカルマグ七世・ハル=インナハム・ゼーリディグにより宮殿へ召喚された!要件は此度世の中を騒がせている新興教団「黒」への対策に関してだ!速やかに出向されよ!」
宮殿への出向命令までは予測できたが、まさか皇帝直々の命令とは。
「黒」とはそこまで脅威的な団体なのだろうか。
とはいえ出向する気は一寸たりとも無いが。
「嫌だと言ったらどうなるの」
「首に縄つけてでも引っ張っていくけど」
そうだった、こういう奴だった。
学徒の頃もこいつのこういうところに苦労させられたのだった………。
やむを得ないので強行突破で逃げよう。
封魔の籠手を開発したのは私なのだ、対抗手段だって数十手は考えてあるし、今使える対策もいくつかはある。
体内の魔力が使えないなら外付けの魔力を使えばいいと思い魔力を貯蓄してある魔術結晶を砕こうとしたが———
「おっと、カシャの考えることなんて全部対策済みだからね!今フリーになってる左の籠手の掌には吸魔陣を刻み込んであるから、魔力や魔素を使ってどうにかする手は全部使えないし。絶音陣も家の周りに敷いたから、合言葉で何か起動しようとしても無理。諦めてついて来たら?」
………………………。
「詰んだ」
「やあっと観念した?じゃ、今から宮殿へ行こう」
こうして私は非常に不本意ながら宮殿へ出向することになった。
首に縄はつけられた。
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