第11話

「トーマスさん、虫除けの香に使う薬草はこちらでよろしいですの?」


「それです。鉢に入れてある木の実と混ぜてすり潰しておいて下さい」


 アドレイ達3人は手頃な水場を見つけ、その近くを新たな拠点として整備している。ホワイトも段々と知識を身につけ自分なりの手伝いをしていた。


「にしてもルナ様遅いですわね。ちょっと心配ですわ」


「一応、健康状態は問題ないよ。そこまで遠くにも行ってない」


「そうですの? でも、万が一と言うこともありますし迎えにいきたいですわ」 


 アドレイは、薪を割る手を止めて数秒逡巡した。


「この試験において、ルナさんに万が一はあり得ないと思うよ」


「そうですか? 確かにルナさんはかなり強いですけどフルミルさん相手に結構危なかったですし、僕も迎えに行くのは賛成です」


「それなんだけどさ。ルナさん、俺たちにもまだ力を隠してるみたいなんだよね」


────────────────────────────────


「なっ、何!? 何こいつ!?」


 クレアは腰を抜かしている。ジェットも満身創痍だ。ルナ・アルテミスは2人を一瞥すると静かに構えた。


「邪魔するつもりですか? こんなクズ共に肩入れするとか貴方も変わり者ですね」


「個人的な復讐なら止めません。ただ、悪魔が絡めば話は別です。見たところ、貴方は悪魔と契約するリスクも理解していないみたいですし」


 ユカは心底おかしそうに笑った。


「ああ、『リスク』ですか。それなら心配ありませんよ。私のスキルは憎しみをコストにして悪魔と契約出来ます。魂の支払いは必要ありません。さあ、契約です。『ジェット・オンとクレア・プラウダの魂をぐちゃぐちゃにして!!』」


「なるほどなぁ。それで俺らに上等ジョートーくれてたわけか」


 ジェットがクラウチングスタートのような構えをとる。


「よくも俺に舐めた真似かましてくれたなぁ!」


 ジェットは再び身体に電撃を纏う。相手が悪魔だろうと関係無い。雷の速度で全身肉塊ミンチにしてお終いだ。一切の迷い無く悪魔に向かって跳んだ。そして彼は、自身の速さ故に何も見ることが出来ないままに悪魔の手に身体を貫かれた。


「イイ魂。新鮮デ香リ立ツ。地獄ニ持チ帰ッテ遊ブ」


 ジェットの目は虚空を見つめていた。だらりと腕が垂れ落ち、力なく地面に崩れ落ちた。悪魔に貫かれたはずのその胸には、外傷は見当たらない。


「ちょ、ちょっと。ジェット、嘘でしょ?」


 悪魔は次にクレアに歩み寄った。両手を彼女の胸にずぶずぶとねじ込んでいく。


「ま、待って。お金で、おか、なば!? ダメですか? じゃ、じゃあ、魂! 私ならいくらでもももも、おぼ、が! あばば、がぺ?」


 彼女は目を白黒させながら意識を失った。


「あれ、いいんですか? これでもう悪魔のお仕事はお終いですけど」


「あー。まあこのくらいなら治せますし、この2人には一回痛い目見て貰おうと思いまして。あと、貴方やっぱり悪魔に対する認識が甘いですね」


 悪魔が、ユカをじっと見つめていた。


「え、嘘。嘘でしょ?」


 彼女の困惑を余所に、悪魔はユカに向かって真っ直ぐ歩を進める。


「だ、だって契約したじゃん! 私のスキルで!」


「文献で読んだことがあります。貴方と似たタイプのスキルの持ち主が悪魔とスキルの能力で契約したにも関わらず、魂を破壊された事例。原因は契約を詳細に定めなかったこと。悪魔は契約でキッチリ縛らなければなんでもやりますよ」


 悪魔の顔からはなんの感情も読み取れない。しかし、ユカに向かって真っ直ぐ伸びる手が、悪魔の思考を代弁していた。


「待って、嘘、嘘! 助けて!!」


 ユカは地面にへたり込んだ。


「まあ、聖女はもう止めたんですけど」


 ルナはゆるりと構えた。


「これから同級生になるかも知れない人の頼みですからね」


ホーリースキル【千種戦聖】を発動しました


「宣誓、僕たち、私たちは慣れ親しんだ相棒と共に、全力を尽くして戦うことを誓います。よろしくお願いします、『ツクヨミ』!!」


 ルナの着ていた中央教会の制服が輝き出し、糸が解けていく。解けていった糸が再び彼女の身体に纏われると、純白の鎧じみた形に変形していた。


「『千種戦聖・私の聖服』。この姿のこと、他の人には黙ってて下さいね」


 悪魔は手を止め、ルナの方を静かに見ていた。


「ナンダ貴様」


 悪魔はぬるりと動き出し、ルナに向かって走る。彼女の魂を握りつぶそうと伸ばした手は、あっさり弾かれる。


「……ナゼ?」


 悪魔には、人の心を読む力がある。そのおかげで相手が雷速だろうと問題なく対処できる。しかし、ルナの動きを全く読むことが出来なかった。


「中央教会は悪魔祓いの最高機関です。その制服には、悪魔の心を読む力に対抗するため自動で動き悪魔を攻撃する機能が付いています。その制服の力を解放し、最適な戦闘を構築する完全自律制御式の鎧になって頂いたのが私の『ツクヨミ』です」


 ルナが喋っている間もツクヨミは自動で悪魔の攻勢をいなし続け、悪魔の防御をすり抜ける最適な攻撃を続けていた。悪魔が腕を一振りする間に回避、反撃、追撃をシステマチックにこなしてく。


 しかし、悪魔はこの程度では諦めない。悪魔がこれほどまでに緩い契約で地上に呼ばれるのは稀である。彼はこの場にいる人間どころか、街まで降りて人間という人間の魂を貪るつもりだった。


 悪魔のガードが下がり、それに反応してツクヨミが顔面への貫手を放つ。ツクヨミを纏ったことで彼女の手刀はオリハルコンをも貫通する凶器と化している。


「待ッテタヨ」


 悪魔は、初めて笑顔という表情を見せた。最適な攻撃をする言うならば、意図的に隙を見せることで攻撃がある程度誘導出来ると言うこと。身体を最大限ねじって回避をしながら反撃を行う。


 しかし、ルナの反応は淡泊だった。


「私言いましたよね。『最適な戦闘を構築する』って」


 貫手が止まり、その手で流れるように悪魔の顔面を捕まえると悪魔がカウンターとして放った右手の一振りを踏み台に肩へ飛び乗る。


 悪魔はその時、自分が意図的に隙を見せたこともツクヨミがあらかじめ計算した『最適な戦闘』の一部だったことに気付いた。


「マ、待テ、助ケ」


「あー、ごめんなさい。これ相手を殺すまで止まらないんです」


 ルナの手刀が、悪魔の首を跳ね飛ばした。


────────────────────────────────


 ブルーバードで魂の修復を終えると、ルナはユカの隣に座った。


「これからは悪魔をキッチリ契約で縛るようにして下さい」


「は、はい」


 ユカは気まずそうだった。


「あ、あの。でもジェットを助ける必要はあったんですか?アイツが目覚めたら、私また……」


「被害者の善悪には関係無く悪魔の付けた傷を修復するのがお仕事でしたから。ただまあ、このパーティは離れた方良いんじゃないですか? 後ろの方についてくって手もありますよ」


 ユカが後ろを向くと、燃えるような赤髪の男が立っていた。


「えっ、嘘!? どう見ても致命傷……」


 彼の身体からは既に、跡形もなく傷が消えていた。


「ブラドさんは中央教会に討伐依頼が出されてましたからね。何をやらかしたかは知りませんけど、あのくらいの傷で死ぬわけはないでしょう」


「討伐依頼……? 何それ初耳」


「やっば。企業機密でしたこれ」


 ブラドの責めるような視線を受けながら、ルナは続ける。


「パーティで固まって行動しないと失格みたいなルールはないですし、これからは好きにしたらいいと思いますよ」


「……」


 黙り込んだユカを背に、ルナは歩き出した。


「…………ありがとう、ございます」


 ぼそっと呟いたユカの声を聞いて、そういえば仕事で感謝されるのは久しぶりだなぁ、などと考えながらルナは帰路についた。

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