第10話

 ジェットの挑発を受けて、フルミルは急いで後ろへ下がった。


「あ、いやいや! 僕はそういうのじゃなくて。後はブラドさんにお願いしたいっていうか!」


「そうか。じゃあお前はもういい」


 そう言うとジェットは真っ直ぐにフルミルを指さした。


 フルミルは倒れた。彼女は自分が何をされたのかも知覚出来なかった。ジェットのスキルは雷を生み出して操るというシンプルなものであり、名を【雷神】という。等級ランク白金プラチナであり、上から二番目とかなりレアではあるものの最上位ではない。


 最上位の金剛ダイヤモンドスキルであれば、現実改変や時間停止などチートと呼んで差し支えない能力が手に入る。しかしそれでも尚【雷神】が最強と呼ばれるのは圧倒的な速度と破壊力故であり、過去には【雷神】スキルの保持者が現実改変能力者を打ち破った記録も存在する。


「お前、そこのフルミルってアマよりは屈強やるんだろうな?」


「安心しろ。100億倍強い」


 ブラドはそう答えると、自分の手に噛みついた。傷口から血が噴き出し、ブラドの身体を覆っていく。


白金プラチナスキル【雷神】を発動しました


原初オリジンスキル【血染めの蝙蝠】を発動しました


披露かますぜ瞬殺ワンパン


「やってみろ」


 ブラドが跳び上がる。ジェットは落胆した。空中へ跳び上がれば何かに捕まりでもしない限り回避行動は取れない。口だけの素人トーシロか。照準を定め、雷を放つ。


 しかし、直後あり得ないことが起きた。ブラドの身体が急加速して更に上に飛び上がったのだ。ジェットの放った雷はブラドが本来通過するはずだった場所を打ち抜き後ろの木を焦がした。ジェットの一瞬の困惑をブラドは見逃さない。彼は重力加速度を遙かに上回る勢いでジェットの顔面を蹴り抜いた。


「そうか……血液操作か。その為の血の鎧か」


「気付くのが早いな。別に隠している訳でもないけど」


 ブラドは自身の能力で操作できる血液を纏うことで、自分の身体に物理的にあり得ない挙動をさせている。しかし恐るべきは初見でそのカラクリを見抜くジェットの洞察力である。


「分かったところで避けられる訳でも無いでしょ」


 ブラドは地面の上を滑るように距離をつめた。


「確かに速いが『雷速』程じゃねぇよ!!」


 ジェットは再び雷を放つが、これも躱される。否、躱されるというのは正確な表現では無い。ジェットが雷を放とうとした時にはブラドがその場から離れているのだ。結果としてジェットは誰も居ない場所に雷を撃たされている。


意味不明ありえねぇだろ! なんで当たらねぇ!!」


「確かに攻撃速度は雷速、見てからじゃ躱せない。けどスキルを使うお前の反射神経や動体視力は人間のそれだ。この速度で動き回れば当てるのは至難の業でしょ」


 まあ、マッハいくつかの攻撃はガンガン貰っちゃったけどね。と、ブラドは先日の戦いを反省する。アドレイ・ライトが攻撃を当てることが出来ていたのは未来予知するスキルを使ってブラドの不規則な動きを予測できていた為である。もし仮に加速スキルのみで戦いを挑んでいればほ攻撃はぼ躱されていただろう。


 それはスキルとは関係の無いブラド・トラウドが磨き上げた戦闘技術。相手の視線や重心から次の行動を予測し事前に対処する。ただ速いだけの攻撃など彼には当たらない──はずだった。


「?」


 始めに感じたのは疑問。ブラドは鮮血が吹き出す自分の身体を見た。次に驚嘆。彼はいつの間にか斬られていたのだと気付いた。最後に感じたのも疑問。どうやって?


「ありがとう。俺はもっと強くなれる」


 ジェットはそう言って剣を鞘に収めた。皮膚からバチバチと電気が漏れ出る。彼は雷をその身に纏っていた。当然ブラドの血液を纏うのとは話が違う。彼の身体からはブスブスと肉の焦げる音が聞こえた。


 自分自身が雷速で動き相手の視界から消えれば、行動を悟られる前に瞬殺できる。ブラドの技を参考にした、彼なりの新技であった。


「だああああ!! 糞、痛ぇ、痛ぇよぉ!!」


「アハハ、ジェットの勝ち方も割とダサかったじゃん」


 笑うクレアに怒る気力も湧かないほど、その代償は重かった。【雷神】の持ち主はある程度の電撃への耐性も得られるために致命傷には至らないものの、全身に電撃を流してタダで済むほどのものではない。


「おい犬女ワンコロぉ!! ポーションもってこい」


 ジェットのパーティで犬の真似事をさせられていた少女は、名をユカ・ミュルカという。彼女はボロボロになったジェットを見て、初めて彼の命令を無視した。


「おい」


 背筋が凍り付くような声だった。そして、彼は警告などせず電撃を放った。ユカは悲鳴を上げて地面に崩れ落ちた。


「おい。まさかお前、今なら逃げられるとか思った?」


 ジェットは早足でユカに歩み寄ると、彼女の首を掴んだ。


「立てよ。また教育ヤキ入れてやる。立てっつってんだろ」


「まぁまぁ、その辺で」


 ジェットが振り向くと、そこに立っていたのは中央教会の制服を来た金髪の少女。ホーリースキルの持ち主は希少であるため、彼はその名を覚えていた。


「ルナ・アルテミスだったか? ウチのパーティの方針に文句でもあんのか?」


「それ以上やったら後悔するよ?」


「テメェのスキルは魂の治療。確かにレアだが俺相手に何の役にも立たねぇだろ」


「いや、貴方じゃなくて」


 ルナの目は、真っ直ぐにユカを見つめている。ユカは、これ以上無いほど口角を吊り上げて笑っていた。


「もう遅いですよぉ。。」


 彼女の足下の影から、黒ずんだ手が伸びる。次に感情を感じさせないのっぺりとした顔、腐臭のする身体。文献に書かれている悪魔そのものである。


白金プラチナスキル【憎悪の門より来たる影】を発動しました

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