第9話
狙撃された時の爆音で周囲の冒険者に居場所を知られた可能性があるため、一行は拠点を移すべく森の中を歩いていた。
「ですわ……」
道中、ホワイトの落ち込みようは尋常で無かった。原因は本人曰く「何の役にも立たなかったこと」。実際問題、彼女の生み出したスノウゴーレムはナイフとメリケンサックを装備した二人組に容易く撃破されていた。彼女自身に大した戦闘力が無い以上、スキルが通じないのであればもうどうしようもない。
「まあまあ修行はこれから始まるわけですし、気にすることないですよ」
「が、頑張りますわ。絶対に皆さんと並んで戦える女になって見せますわ」
「いや、正直一週間の修行では効果が出るか怪しいような」
「ですわよね……」
トーマスのマジレスにホワイトは再度落ち込んだ。
「うーん。でも、基礎体力とか戦闘技術の方はともかく、スキルの方は使い方次第で結構変わるんじゃ無い?」
「どういうことですの?」
「スキルは割と解釈次第で色んなこと出来るから」
アドレイの答えにいまいちピンと来なかったようで、ホワイトは小首を傾げた。
「そういうものなんですの……そういえば、ルナ様はどこへ行かれましたの?」
「『仕事』だって。スキルで位置と健康状態は把握してるから心配は無いと思う」
「『仕事』……ルナ様、聖女のお仕事はもう辞めてらっしゃいましたよね?」
「そのはずだけどね」
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「キャハハ!! ねぇジェット、流石にもう可哀想じゃない?」
口先では相手の身を案じているものの、彼女の顔は楽しげだった。彼女の名はクレア・プラウダ、側室の娘ではあるものの歴としたバラン王国の姫である。
「いいやぁ? こいつらの目を見ろよクレア。まだ自分たちが殺されるだなんて想像もしてねぇ奴の目だ。俺様に手ぇ出しといてごめんなさいで済むと思ってやがる」
「ちっ、違っ、アバッ!? ガッ!? アババ!!?」
ジェットに胸ぐらを掴まれていた男は言葉の途中で全身が痙攣し、最後まで喋ることが出来なかった。
「おいおい、何言ってんだテメェ。兄貴は別に口を塞いだりしてねぇだろ? 落ち着いて喋ってみろよ」
横から声を掛けたのは、筋骨隆々とした坊主頭の男。アドドネア地方で幅をきかせている暴走族「レッドコング」の
(こ、こいつら黄金世代の代表格連中じゃねぇか! なんでこんな奴らが同じパーティに固まってやがる!?)
朦朧とする意識の中で、男は試験の不公平さを呪った。
「だ、だから、違っ、アバババババババ!?」
「だーかーらぁ、ちゃんと喋れつってんのぉ」
クスクスと笑い声が響く。今、この男はジェットのスキルで電撃を流されてまともに喋れる状態に無い。この場にいる全員がそれを分かった上で喋らせて嘲笑っているのだ。
「おい、犬。そこのナイフ取れ」
「わ、わん」
四つん這いになった少女が、テーブルの上のナイフの刃を咥えてジェットの元へ運ぶ。彼女も一応パーティメンバーだ。しかし、扱いは見ての通りである。
「うわ、刃がよだれでベトベトじゃんか。きったねぇ」
ジェットは刃を男の服に擦りつけて拭くと、そのまま目に突き付けた。
「この目。こんな覚悟のねぇ目は冒険者に付いてちゃいけねぇよ。俺がえぐり取ってやるぜ」
「おい、待て兄貴なんか来たぜ」
ブルーノが指さした先には、燃えるような赤髪の男が立っていた。
「流石に……殴られすぎた。喉が渇く」
「あ……? なんだテメェ
「うっわ黄金世代三人いるし。これマジで行くんですか?」
ブラドの後ろからフルミルが顔を出す。余談だが、残りの二人は治療中だ。
「おい、格闘家。『かちこみ』ってなんだ」
「まあ、要するに今の状況ですよ。あと、僕はフルミルって言います」
フルミルの発言を聞くと、ブラドはジェットを指さして言った。
「そうだ。かちこみだ。かかってこい」
「誰だよテメェは。無名のカスが兄貴と戦えると思ってんじゃねぇぞ」
ブルーノがずいと前へ出てきた。
「お前はどうでもいい。格闘家、お前こいつなんとかしろ」
「フルミルです……」
指摘はしながらも、フルミルは素直にブルーノの前に立った。
「なんだお前は、お前も知らん」
「僕はフルミル・フルソレイユ。ウルル・フルソレイユの娘だ」
「うる……その人も知らん」
「ウルル・フルソレイユはラドンを殴り殺したっつう格闘家だ。娘がつえぇって話は聞いたこと無ぇが」
ジェットが突然口を挟んだ。
「兄貴詳しいな」
「冒険者を目指すなら高名な冒険者の名前くらいは覚えとけ」
「へー。じゃあその有名人の娘さんがどれほどのもんか味見させてもらおうか」
ブルーノはポケットに手を突っ込むと、そこから石炭を取り出して口の中にじゃらじゃらと放り込んだ。
見る見る内にブルーノの顔が赤く染まっていき、鼻からは煙が吹き出し始めた。彼のスキルは石炭を食べることで自身の筋力を爆発的に強化する事が出来る。単純な肉体強化スキルでありながら他の強力なスキルを持つ黄金世代達と肩を並べるのは、それほどまでに【蒸気機関】で得られる力が破壊的だと言うことだ。
「ほら、行くぞぉ!!」
ブルーノは口から煙を吹き出しながら叫ぶと、拳を振り上げた。しかし、彼が拳を振り下ろすよりもフルミルの拳が彼の鼻を潰す方が速かった。直線的な左拳の一撃。ボクシングで言うジャブである。ブルーノの鼻がねじ曲がり、血が流れ落ちる。
「ブゲッ……!?なんだこの拳の重さ」
「『500kg』のジャブだからね。そりゃ重いでしょ」
フルミルはインパクトの瞬間だけ体重を増やし、打撃の破壊力を上げている。近接戦闘の心得があるルナは上手く受けていたために効果が薄かったが、気合いと根性で喧嘩をするタイプのブルーノにはよく効く。
「ああクソ。面倒くせぇな格闘技は」
ブルーノは頬を膨らませると、フルミルに煙を吹き付けた。フルミルは視界を確保するために後ろへ下がったが、それよりもブルーノの体当たりの方が速い。しかし、ブルーノは再び違和感を覚える、今度は軽すぎる。体当たりを貰った勢いで宙に舞い上がったフルミルは満面の笑みを浮かべた。
「強いねぇ強いねぇ、けど化け物じゃ無いねぇ。人間だねぇ」
「ぬかせぇ!!」
ブルーノが苦し紛れに放った右ストレートを踏み台に肩に乗ると、頭を掴んで耳元に口を寄せた。
「1トン」
「ふぐっ!?」
ブルーノの肩からミシミシと音が鳴る。
「5トン……20トン……100トン」
100トンを宣言した瞬間、ブルーノは身体からベキベキと痛々しい音をたてて崩れ落ちた。
「ちょっとぉ、情けないわよブルーノ」
「相性が悪かったな。とはいえ、負けは負けだ」
パーティの誰1人として心配の声は掛けなかった。むしろジェットは嬉しそうに立ち上がると、2人へ向かって中指を立てた。
「いいぜ。俺が相手してやる」
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