第8話
「おはようございまーす、おはようございまーす。朝ですよー!」
「もう少し……ゆっくりさせてくださいまし」
ルナは寝ぼけているホワイトの耳元に鍋を近づけると、お玉でガンガン叩いて音を鳴らした。
「朝ですよー!」
「起きましたわ!起きましたわ!ルナ様は鬼ですわ!!」
「鬼じゃ無いでーす、聖女でーす」
元冒険者のトーマス、スキルの効果で睡眠が要らないアドレイ、教会に生活習慣を管理されていたルナは朝に強い。
「えぇと。今日は何しますの?」
「そうですね、まず決めなきゃいけないことがあります」
トーマスは姿勢を正して言った。
「僕らが他のパーティを襲撃するかどうかです」
若干、気まずい空気が場を満たした。本気で勝ちに行くなら強力なライバルを襲撃するのは正攻法とも言える。しかし。
「なんか……悪いことみたいで気は乗らないですね」
「右に同じくですわ」
「気が乗らないのは僕もです。でも、受験生の中には下手なプロ冒険者より強い人たちが混じってます。で、アドレイさんに聞きたいんですけど僕たちがこのまま三次試験に進んだ場合の合格率ってどんなもんだと思いますか?」
「まあ、仮に完全ランダムな相手と戦って勝てば合格とするならトーマスは80%、ルナさんは本気ならほぼ100%、ホワイトさんは40%ってとこだと思います」
「忖度の無い数字出してきましたわね……」
「買い被りすぎですって」
アドレイからの評価を聞いたトーマスは、顎に手を添えて考え込んだ。多数の分析系スキルを持つアドレイがそういうなら、きっと自分の合格率は確かに80%前後なのだろう。80%、はたして信用して良い数字だろうか。いや、今はそれよりも。
「うん、襲撃はやっぱり止めときましょう。そんなことよりもホワイトさんを強くするのが先ですよ」
「い、いやいや! 申し訳ないですわ!! ここまで私皆さんにおんぶに抱っこなのにこれ以上ご迷惑おかけできませんわ!!」
「私は賛成でーす。このメンバー結構楽しいし、せっかくならみんなで合格したい感じあります」
「ル、ルナ様……!」
「言いたいこと全部言われた。俺も賛成です」
「アドレイさん……!」
「私も良いと思うけどさ、アドレイ君は自分の合格率どのくらいだと思ってるの?」
「皆様、本当に……! ん? 今の誰ですの?」
ホワイトが振り向くと、黒髪の少女が後ろに立っていた。全身を黒装束で包み、口元はマスクで隠している。
「100%勝つつもりだよ。あと、そのコソコソ忍び寄って突然話しかける癖止めた方が良いよ、クノー」
「相変わらずの傲岸不遜っぷりだね。アドレイ」
「誰ですの!? マジで誰ですの!?」
「俺の幼なじみ」
アドレイとルナは、座ったまま動かない。トーマスはナイフを抜き、臨戦体勢に入っている。ホワイトは忙しく目を動かして、状況の把握に努めていた。
四人の様子を見た後、クノーは小さく手を上げた。次の瞬間辺り一帯に閃光が走り、爆音が轟いた。
「アドレイが止めると思ってたんだけど。強い仲間と組んだんだね」
クノーの視線の先にはバリアを張ることの出来る聖杖、シルバーフォートレスを構えたルナがいた。
「えっ、何ですの? 何が起きましたの?」
「狙撃されました。七時の方角」
「厄介だなぁ。じゃあ、二人はこっちよろしく」
クノーがルナを指さすと、茂みから二人の男が飛び出してきた。男達はそれぞれナイフとメリケンサックを装備している。先ほどのクノーの発言からして男達の標的はルナだ。トーマスは間に割って入り、ホワイトもスノウゴーレムを呼び出した。
「よし、これで一対一だ」
「懐かしいな、子供の頃何度も戦った」
「そうだね。そう、私はさ、そのことでどうしても謝りたかったんだよ。さっきの『100%勝つつもり』って発言もそうだけどさ。私や村の人間が、何度君に戦いを挑んでも勝てなかっただろ? どうやらそれでアドレイに戦いは強いスキルを持った方が勝つものって勘違いをさせちゃったと思うんだ」
「この世界では基本的にそうじゃないか?」
「そんなことはないと証明するためにここに来た!」
クノーが駆けだした。手には短刀を持っている。対するアドレイは素手のまま立ち上がった。
「忍法火遁の術」
瞬間移動する
クノーは炎が瞬間移動で躱されたと気付くやいなや持っていた短刀を後ろへ投げた。彼女の予想は正しく、後ろにはアドレイが立っていた。アドレイはナイフを捕まえると、彼女の方へ投げ返した。
ナイフは目にも止まらぬ速度で飛び、クノーの頭に突き刺さった。しかし次の瞬間、そこにあったのはナイフの刺さった丸太だ。
「変わり身の術」
熱源を感知する
矢を放つ
「上か」
アドレイが上に手をかざすと、手のひらから大量の矢が放たれた。機関銃もかくやという勢いで放たれた矢は木の枝を貫通して樹上に隠れたクノーを襲う。矢が突き刺さったように見えた彼女は、再び丸太と入れ替わっていた。
「えっぐい威力してんねぇ。じゃあそのスキル、こっちに撃てるかな?」
声のした方に右手を向けると、クノーはホワイト達に背を向けて立っていた。当然クノーが躱せばホワイト達に当たるかも知れない。しかし。
「なら接近戦を挑むだけだ」
神器を生み出す
「行くぞ、『ハルパ』」
アドレイの手には鎌が握られていた。その刃からは白いオーラが立ち上り、ただならぬ武器であることが見て分かる。クノーも腰から刀を抜き、アドレイに迫る。
二人が急速に距離をつめ、いよいよお互いが相手の間合いに入る瞬間クノーが刀を放り投げ、両手を上に上げた。
「……え?」
困惑したアドレイの手が止まる。クノーは両手を挙げたまま歩み寄ると、アドレイに抱きついた。
「寂しかった……」
「え、何急に」
困惑するアドレイを余所に、クノーは裾を捲り上げる。
「二人っきりだね……」
「いや、普通に周り戦ってるけど」
「ま、というわけで一緒に死んで❤」
裾を捲って見えたお腹には、大量の爆弾がくくりつけられていた。
「ああ、そういうねぇ!」
瞬間移動する
山のどこかで、とてつもない爆発音が響いた。
「うーん。流石に爆弾多かったかな?」
クノーには確信があった。平時のアドレイならあの程度の爆弾では死なない。しかし、味方に加えて幼なじみのいるこの場でなら、彼は爆弾と共に瞬間移動して被害を抑えることを優先するだろう。それなら防御系スキルを使う暇は無いはずだ。
「……もし死んじゃってたらどうしよう」
「死んでねぇよ」
「うぇっ!?」
いつの間にか後ろにアドレイが立っていた。服こそ派手に焼け焦げているものの、本人は全くの無傷だ。
「な、なんで!?」
「いやだって子供の頃もお前こういう姑息な手段使ってきたし。抱きつかれた時点で『なんかあるなー』と思って用意はしてた」
クノーは、諦めたような笑顔を浮かべた。
「流石、私の自慢の幼なじみだよ」
彼女は目を閉じると、唇をゆっくりとアドレイに近づけた。
「フッ!!!!」
唇が頬に触れるかという瞬間にクノーの口から吹き出された毒針は、空中でアドレイにキャッチされた。
「お前、よくもこう次から次へとこんなんを思いつくよな」
「はーっ!! なーんでい!! ちょっとくらい引っかかってくれたっていいじゃないのさ!! もういいや、撤収撤収!! 次は入学式で会おうなー!」
クノーはトーマスに関節を外された仲間二人を担ぎ上げると、そのまま走り出した。そして途中、急に何かを思い出したかのように振り返ると、大声で叫んだ。
「あ、そうそう。アドレイ、お前がどれだけたくさんのスキルを手に入れて凄い奴になっても、絶対私が追いついてやる! お前を一人ぼっちにさせやしないからな!」
手を振って走りながら、彼女は森の中に消えていった。
「……あれ、告白ですわよね」
「うーん?」
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