第7話

 コトコトと鍋の煮立つ音がする。メインの具材は罠にかかった帝王猪エンペラーボアだ。独特の獣臭さはあるものの肉は柔らかく、サバイバル中に食べる食材としては上等な部類とトーマスは言っていた。


「じゃあ、山菜も入れるぞ」


「結構豪勢な夕食になりましたね」


「お紅茶煎れましたわ~」


「あ、結局紅茶も用意したんですか」


 料理は基本的にトーマスが仕切ってくれた。元々冒険者パーティに所属していただけあって獣を捌くのも手慣れていたし、色々なところで器用さを発揮している。もっと堂々としていて良いと思うのだが。


「クッソうめぇですわ! パクパクですわ!」


「にしても初日から襲撃来ましたね。ホワイトさんが言っていた通り私たち狙われてるんでしょうか」


「いやー、どうだろう? 今回はあっちのリーダーのブラドが特別好戦的だっただけな気がする。……あ、そういえばあいつトーマスも狙ってたよ」


「なんで僕なんかを……」


 謙虚を通り越して卑屈なレベルである。スキル効果は確かに地味だが初めて接触した敵モンスターのデータを得られるのは普通に有用なはずだ。更に本人の身体能力や知識、技術はプロの冒険者レベルに達しているように見える。


「そりゃあ、『測定不能スキル』がどんなもんか知りたかったんじゃないですか?」


「ああ、うん。そうだよね。なんか申し訳ないな……せっかく期待して貰ってるのに当の僕はこんなんで」


 ……そうか、「期待」か。アドレイは6年前を思い出す。当時、強力なスキルを持つ子供達が同時に何人も見つかり「黄金世代」と呼ばれていた。自分やトーマスもその1人だ。「黄金世代」は単に強い世代と言う意味では無い。俺たちが生まれたのは穏健派の魔王が即位したのとほぼ同時期で「新時代」の象徴でもあったのだ。


 まあ、同時期というか俺が生後三日くらいの時に魔王を含めた魔王軍内のアンチ人間ヒューマン派閥を全滅させたから自動的に穏健派の魔王が即位しただけなのだが、それは置いといて。


 とにかく黄金世代にかかる期待は大きかった。俺の住む村には、俺の他にもう1人黄金世代の代表格に挙げられる奴がいた。そいつは学者になるのが夢だったらしいが、スキルが戦闘に向いていたために親がそれを許さなかった。俺はどうにか親を説得しようと提案したが、「親の期待を裏切りたくない」と断られた。


 トーマスにも同じくらい、いや、はるかに重い期待がのしかかっていたんだろう。今でも人類に革新を起こす英雄になることを期待されている「測定不能スキル」持ちだ。そんな期待を一身に背負うなんて、どれだけ重たい人生だろう。


「……あ、だけど」


「?」


「今は無理でも、これから得られるものを積み重ねていっていずれ本当に『測定不能』の冒険者になりたいです。一次試験の時、ルナさんと約束したから」


 ……別にトーマスは今でも十分凄いと思うが、それはそれとして。


「なんか格好いいな」


「なっ、なんで!? まだ何も成し遂げてないのに!?」


 うーん、やっぱり卑屈だ。


────────────────────────────────


 森の中を、2つの黒い影が飛んでゆく。一人は黒ずくめの服を着てマスクで口元を隠した少女、もう一人は小柄で中性的な顔立ちをした美少年だった。


「あの、流石に無茶じゃないですか?」


「無茶なんてことはない!何より拠点に残っている2人に約束したからな」


「あの、それなんですけど。ワイバーンの肉は別に美味しくないですよ?」


「そ、そうか……いや、でも珍しい肉を一回試しに食べてみたいと思ってるかも知れないし。あ、ほら。そこいた!」


 指さした先には、体長15mはあろうかというワイバーンがいた。ワイバーンは2人を一瞥すると、大きく頬を膨らませる。火を噴く前兆である。


白金プラチナスキル【忍術】を発動しました


「忍法土遁の術!!」


 少女が地面に手を当てると土が盛り上がり、巨大な壁となった。ワイバーンが吹き出した炎は土壁に阻まれ2人の元へは届かなかった。


 忍法を使ったのは黄金世代の代表格の1人、クノー・ライクノースである。そのスキルは「忍術全般が使える」という万能さを誇る。


 少年が土壁の上に飛び乗る。名はワン・ショット。その背中には、彼の身長と同じくらいある巨大な杖を背負っていた。少年は杖をスナイパーライフルのように構えると、小さく息を整えた。


シルバースキル【リロード】を発動しました


目標捕捉ロックオン発射ファイア


 巨大な杖から真っ直ぐ光線が伸びていく。光線はワイバーンの脳天を貫通し、地面まで届いて爆発した。しかし、ワイバーンは脳天を貫かれてもなお動きを止めず、再び頬を膨らませる。


 それに対抗し、クノーもまた頬を膨らませた。


「忍法火遁の術!!」


 ワイバーンとクノーの炎が空中でぶつかり合う。本来、炎に対しては水遁で消火に当たるのが定石だが、水蒸気でワンの視界を遮ってしまう可能性を考慮して火遁で正面から対抗したのだ。


発射ファイア


 ワンの射撃が再び脳天を貫くが、ワイバーンにダメージは見えない。


「やっぱり僕らじゃ火力不足ですよ、撤収しましょう」


「無茶なんてことはない!!」


 クノーはワイバーンへ真っ直ぐ跳んでいった。


「ちょっ、クノーさん!?」


 クノーはワイバーンの頭に降り立つと、ワンの射撃で空いた穴に手をかざした。


「口寄せの術『花火玉』」


 頭の穴に花火玉をねじ込むと、三度ワイバーンが頬を膨らませた。それを見ると、クノーは跳んで土壁の裏側まで戻った。ワイバーンが火を噴こうと口を開けた途端、頭の穴から花火玉に引火し色とりどりの大爆発を引き起こした。


 頭がはじけ飛んだワイバーンは、崩れ落ちるように地面に倒れた。


「本当にとんでもない無茶をしますね、クノーさんは。それはアレですか。さっき言ってたご両親の期待に応えるための努力って奴ですか」


 そう聞かれて、クノーは少し困ったような顔で空を見上げた。


「まあ、それもある」


 けど、それだけじゃ無い。アイツに勝ちたい。アイツと対等な立場に立ちたい。


「親の期待に応えるのも、自分の夢を叶えるのも、この身一つでやってやるんだ」


──だから


「待ってろよ、アドレイ」

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